正岡子規展

神奈川近代文学館「正岡子規展ー病牀(びょうしょう)六尺の宇宙」に行ってきました。

http://www.kanabun.or.jp/exhibition/5643/

 

 

 

漱石と同じ生誕150年の正岡子規の展示は、関東では珍しいということです。
根岸の子規庵に常設されている
机はレプリカで(本物は通常は蔵の中に大切に保管されているとか)、今回は本物が見られました。


「絶筆三句」も、松山市立子規記念博物館で見たと思ったのはレプリカで、本物は国立国会図書館が所蔵しているものを4/28~5/11の期間限定で展示されているものを
見ることができました。

 

子規は、子どもの頃から病弱で、20代で結核を発症し、さらに結核菌による脊椎カリエスになり、骨組織の壊死によって動けない上に激痛に苦しみながら35歳で亡くなりました。
病弱だったのに、野球に熱中したり、旅をしたり、歩行困難になっても人力車で出歩いたりと活動的に過ごしたそうで、そんなに無理をしなければもう少しは長生きできたのでは、と言われています。

そんな激痛に苦しむ凄惨な晩年の文章にも、常にどこかユーモアがただよっているのが、すごくもあり、感動的でもあります。

 

行きたくもないのにイギリス留学を命じられた漱石とは逆に、西洋にも行きたかった子規は、漱石からのイギリス便りを楽しみに切実に待ち望んでいたという手紙が残っていて、グッときます。


本当は政治家にも興味があったのに、政治家は40歳過ぎないと成果が出せないがそこまで長生きできないと悟り、文章で自分ができる最大限の成果を残そうとした子規。
晩年(といっても30代前半)には寝床の6尺(182cm)だけが世界の全てで、そこから死の直前まで随筆、俳句、絵を生み出していました。

 

文字を知らない子どもの頭の中には、文字で考える大人には想像もできない宇宙が広がっていると思うのですが、激痛に耐えながら寝床の中で四季折々の庭の植物を眺めつつ作品を編み出した子規の頭の中にも、広大な宇宙が広がっていたのだろうと思います。