師匠の大往生

私のそろばんの先生が亡くなりました。
91歳の大往生です。

 

一見怖そうで、優しい奥さん先生の時には騒ぎまくっていた男子達も、先生が会社から帰ってきて教室に来ると、一瞬でシーンとしていました。

 

昔は週5日教室があったので、小3から中3まで、ほぼ毎日通っていました。
小さい頃から親に怒られてばかりいた私にとっては、そろばん教室は避難所でもありました。

 

検定試験やコンクールの前などは、日曜まで練習がありました。
朝から喜々として練習に行くと、「おまえは本当にそろばんが好きだなあ」と言ってくれました。そうなのか、自分はそろばんが好きなのか、と気付きました。初めて大人に認められた気がしました。

 

昔のそろばん教室は、小学4年生以上で始める子がほとんどで、小3で始めた頃、周りは自分より大きい人達ばかりでした。
それでも着々と進んでいたので、1年間でかなりいい気になっていました。でも小4の時、1年下に天才少女が現れて、現実を知ることになります。(先生の生徒で断トツの天才だったようです)
それからは、コンクールでも1位は全部その子で、どんなに頑張っても2位止まりでした。

それでも、先生が競技会場まで連れて行ってくれて、帰りに食堂でご馳走してくれたことが嬉しい思い出です。今ほど外食産業が盛んな贅沢な時代ではなかったので、なおさらです。

 

進路に行き詰まっている頃、先生から教室の助手をしないかと誘っていただきました。さらに、昔はなかった段位検定を受けてみないか、と勧められ、最後のクラスでは練習もさせてくれました。
おかげで、その教室で初めての段位検定合格者になりました。
天才でなくても、続けていれば良いこともあるもんです。

しばらくして、父の知人から珠算教室の先生をやってくれないか、と頼まれました。助手をやっていなければ、子どもに教えるのなんて絶対無理、と思っていたでしょう。

 

子どもが生まれ、勤めていた珠算教室は辞めることにしましたが、やがて、実家の本屋の手伝い以外に職を探す必要が出てきました。
三人子どもがいたので、家で何かできないか、と考えた時、そろばん教室をやろう、と思い立ちました。
最初は、小3の長女と、小1の長男と、近所の小4の男の子の三人だけの教室が、20年以上も続くとは思いませんでした。

 

そろばんのおかげで、どうにか食べていけて、子どもを3人育てることもできたので、いつか時間ができたら先生の所にご挨拶に、とずうっと思いつつ生活に追われ、とうとう実現できませんでした。
会うべき人には、そのうち、ではなく、積極的に時間を作って会っておくべきですね。