22年目に突入!

坂本そろばん教室も、この四月で22年目に突入しました。

自宅で教室を始めた当初は、新聞広告やベランダに看板を掲げたりしたけれど、まったく申込はなく、とりあえず小3の長女と小1の長男の二人で始めようと思いました。
初日の前日、近所で看板を見た方から申込があり、どうにかうちの子ども達を合わせて三人の生徒で開始しました。
9月に長女の同級生が入ってくるまで、実質生徒一人の教室でした。

そろばん教室を始めた理由はいくつかあります。

まず、それまで経理を手伝っていた父の事業(本屋ではなく仲間と始めた喫茶店)が失敗し、父と仲間の間でトラブルがあり、仕事がなくなっただけでなく、調停作業を手伝う羽目になったこと。
勤め先を探す気にもなれず、自由な時間を確保するには自分で何かを始めるしかない、と思いました。

あの頃は、我ながらよくやったなあ、と感心します。
小3、小1、2歳の三人の子育てをしながら、実家の本屋を手伝いつつ、父や弟と数人の相手と交渉し、弁護士と打ち合わせて裁判所への提出資料を作成し、打開策を練り、借金の返済方法を検討し、という怒涛の毎日が二年ほど続きました。

週2回1時間ずつのそろばんの時間は、生徒を教えつつ子ども二人の勉強も見ることができる貴重な時間でもありました。
たった一人でも、嫌がらずに喜んで通ってくれた最初の生徒は、忘れられません。

別の理由は、長女の計算能力が小学校でまったく伸びなかったこと。
大人になった今でもすぐに別世界に行ってしまう長女は、学校向きではなく、興味がないことは全てスルーして、授業中は空想の時間になっていました。
数字も数の把握も苦手で、小学校のタイルを使った繰り上がりの計算などお手上げでした。
これは、数の大きさや繰り上がり繰り下がりも目で見て計算できるそろばんを使うしかない、と思いました。

もう一つの理由が、二十代の初めに指導していたそろばん教室にあります。
父の本屋仲間が経営していたそろばん教室で、前任者の代わりに教えてほしい、と頼まれました。
始めた当初は、数人の生徒が3クラスほどでした。
経営者が本屋で宣伝する効果もあって、そのうち生徒が増えてきて、部屋を広げて20人以上入れる教室で4クラス教えることになりました。
一人では無理ですと言うと、経営者が助手をするから、ということでしたが、本屋の片手間の助手などあてになりません。
わからない生徒を全員見てあげることができずに終わることも増えてきました。
大人しい生徒がずっと待っていたことに最後に気付いた時の、悲しそうに見上げる生徒の顔が忘れられません。

自分で教室をやるとしたら、絶対10人以上のクラスにはしない、わからない子は時間内に全員見てあげる、という理想を持っていました。
それで、現在はキャンセル待ちの生徒さんもいる状況になっていますが、少人数制を保っています。(部屋の狭さも原因ですが)

結婚して子どもが二人になった時、そこの教室は後任に譲りましたが、親のトラブルに巻き込まれなかったら、自分の教室を持ったかどうか疑問です。
親のトラブルが解決した直後、弟と会社をやることになり、これまた苦労の連続ですが、会社運営が順調だったら、そろばん教室を続けることはできなかっただろうと思います。

物心つく頃から、小さな商店街の小さな本屋で、商売のトラブルを見ながら育ったので、困難な状況で落ち込む、ということはほとんどありません。
転んでもタダでは起きない、というのが鉄則です。
莫大な借金を抱えて小さな本屋でどう返していくか、というお先真っ暗な状況でも、何とかするしかありません。
返済時期になると「首くくるしかない」と言い出す親に、「ふざけるな!自分で作った借金は自分で返してから死んでくれ」と言い放つキツイ娘に育ったのも、仕方ないでしょう。
そんな父は、運良く店と自宅が売却できて借金を返済したら、一年も立たずに亡くなりました。

ビジネスも人生も、初めから終わりまで順風満帆なことなんてめったにありません。
うまくいかない時は、落ち込んでいる場合ではなく、即座にどうするか打開策を考えるだけです。
そろばん教室で一番教えたいのも、そこです。

一珠でできない時は五珠、五珠でできない時は十を使う、という基本を教えたら、後はできるだけ自分で考えさせます。
すぐに「できない~」と言う子には、「できない時はどうするんだっけ?」とすぐには教えません。
できない時、困った時、どうしたら良いか考えを巡らせ、自分で思いつく、という経験は絶対役に立つはずです。

そろばん自体は、金融機関でも使わないし、私自身も会社の仕事はほとんどパソコンで処理します。(そろばんや暗算の方が早いこともありますが)
それでも、そろばんを習って身に付くことはたくさんあるし、何年も継続して上級の検定試験に合格した体験は自信につながるでしょう。
年長や小1から始めて、中学以上まで続ける生徒もたくさんいて、同じ生徒をこんなに長く教えられることは嬉しい限りです。
キツイ指導に耐えて、何年も通い続けてくれた生徒は、将来社会に出て嫌な場面に出会っても、そろばんの時に比べれば大したことない、と思えるでしょう。
困った時には、どうしたら良いか考えて、強くたくましく生きていってほしいなあ、と思います。