身近な被災者

先日、震災でお父さんが犠牲になった生徒が、引っ越しのためやめていきました。
最近お休みが多いとは思ってましたが、震災以降もいつも通り黙々とテキストを進め、四級のテストを受け始めたところでした。
東京からも出張や旅行で現地にいて、多くの方が被害にあっただろうとは思っていましたが、こんな身近に犠牲になった方がいらしたとは思いもしませんでした。

買占め、停電、原発からの避難などで大騒ぎしていた、直接被災とは隔絶した雰囲気の中で過ごすのは、どんなにつらかったことでしょう。
さらに、一生懸命頑張ってきたことをあきらめ、まったく別の環境で新しい生活を始めなければなりません。四年生の男の子なので、きっとお母さんに気を遣って自分の気持ちを我慢し、支えになってあげることでしょう。

いつも通りに淡々と帰っていく姿に、こちらも淡々と見送るしかできませんでした。
そろばんに真面目に取り組んできた姿勢から、これからも自分の能力を信じていろいろな事に真面目に取り組んでいってくれると思います。
新しい環境でも、自分とお母さんを大切にして、少しずつ楽しいことを見つけていってくれたら良いと願っています。

今回の震災は、多くの人に、自分や家族や身近な人々について考え直す機会を与えてくれました。いつ自分がどうなるか、家族や身近な人がどうなるかわからない、ということを誰もが思い知らされました。
そして、自分がどう生きていくべきか、家族や周囲の人々とどう関わっていくべきかを見直したことでしょう。

指導者としては、限られた期間で悔いのないように一人ひとりの能力を最大限伸ばしてあげたいと思います。
早く進む子も、ゆっくり進む子も、自分で自分の能力を大切にして自分なりの方法で伸ばすことを身に付けていってくれることが目標です。

こんなキツくて乱暴な指導でゴメンネと思いつつ、全員に目を配りながら採点して、間違いから指導すべきことを見つけ、教えた通りの方法でやっていないと叱りつけてます。
怒られてばかりいても嬉々として通ってくれる生徒が多くて不思議ですが、教育熱心なあまりの態度なんだろうと、子どもの方が大人の流儀で理解してくれているようです。

両手を使う習慣、習ったことを基本通りに繰り返すこと、短期目標を達成しつつ長期目標に近づいていくことなど、様々なことに通じる習慣を身に付けていってほしいと願ってます。
そのために厳しい教育方針を変更するつもりはありません。
それでも、いつ突然の別れがやってくるかわからないので、毎回最後には全員一人ひとりに、元気よく「さよなら!」と声をかけてあげようと思います。