価値観の変化

昨年の秋、兵庫の父の実家が全焼しました。
画家をやっている還暦を過ぎた従兄が一人で住んでいますが、夜明け前の出火で、取るものもとりあえず逃げ出したそうです。
古い農家で、りっぱな梁を活かして個展もできるアトリエに改造し、絵画教室などもやっていました。

大した財産があるわけでもないから、命が助かっただけで良かったとは思いましたが、商売道具である絵の道具や作品がほとんど焼けてしまいました。
本人が、死んでも芸術的価値は絶対出ない、と言い切っている作品なので、一般的価値は低いかもしれませんが、日本全国の風景画や静物画をたくさん描いてました。買えないけど形見にちょうだい、と予約してた絵もなくなりました。

どうしても画家になりたくて二十歳頃家を飛び出し、二十年間行方不明になってた人で、独学で絵の勉強をして、うっかり知人に発見された時には都内で小さな個展を開いて絵が売れるくらいになってました。次々と消えていく全国の煉瓦造りの建物を描きためたりもしてました。

それなのに、持ち出した作品は、水彩画が何枚か入った箱ひとつだけ。
あとは、様々なデータの入ったパソコンと、近所に住む90歳過ぎの二人の伯母が大切にしていた祖父の遺品の入った箱をひとつ、次に位牌を取りに行こうとしたら焼け落ちてしまった、という話です。

「はあ?時間があったなら、どうして油絵の一枚も持ち出さなかったの?商売道具失くしてどうやって生活するの?」と言うと、
「仕方ないよ。軍服や明治天皇からもらった賞状が伯母ちゃん達の生きがいなんだから」
「いくら何でも、甥の命さえ助かれば良かったって言ってくれるでしょ」
「いや、位牌はなくなったのかって言われた」
「・・・・・」

太平洋戦争、自宅前の川の何度もの大氾濫、阪神大震災などをくぐり抜けてきた伯母達は二人とも、三人の子どものうち一人に先立たれています。
たくさんの苦労を乗り越えて、90歳過ぎてなお口も体も達者な伯母達ですが、今回の東日本大震災では、さすがに価値観が変わるのではないかと思います。
位牌どころか、家も家族も町ごとすべてが海に飲み込まれてしまったのですから。

一家揃って津波に飲み込まれながら、家族全員が奇跡的に再会できた人たちは、全ての財産を失っても家族が揃ったことだけで幸せをかみしめたことでしょう。
喧嘩ばかりしていた兄弟も、ろくに話をしなかった親子も、再会できたことで抱き合って喜んだことでしょう。

逆にたった一人だけ残された人たちもたくさんいます。小さな子どもから高齢者まで、財産だけでなく家族まで全て失った人も、生きていかなければなりません。
一人だけ残されるくらいなら生きていたくない、とは誰もが思うことですが、望んでそうなる人はいません。
自分の生活を立て直しつつ、家族を探し回り、見送るという、とてつもなく心労の絶えない毎日が続きます。

そんな被災地でも、子どもたちが笑って遊んでいるのを見るとほっとします。
満ち足りた衣食住の環境を失って、不自由な生活が続いても、きちんと生きています。
飢餓に苦しむ国の子ども達が、些細なことで笑顔になるように、日本の子どもたちも強くなれるのかもしれません。
つまらないことでストレスをためてイジメをしたり、自殺をしたり、という現象が減るかもしれません。
価値観の違いから話が合わなくなっていた親子も、お互いの価値観の違いを認め合えるかもしれません。

世界中からたくさんのいろいろな支援もありました。
各国のいろいろな思惑はあるでしょうが、自然災害という共通の敵が現れると、多くの国が協力し合えるのです。
地震大国で、防災対策も万全のはずの日本での大災害は、世界中の人々にとっても衝撃が大きかったはずです。
このまま世界が一つになって、戦争がなくなるかもしれない、と想像する人は、確実に増えると思います。