ニーチェの言葉

親として子どもに望むことは、自分の人生を自分の力で楽しんで欲しいということです。
ニーチェの言葉にこんな言葉を見つけて、まさにこれ、と思いました。

「何事も明日からの毎日に活用し、自分を常に切り開いていく姿勢を持つことが、この人生を最高に旅することになるのだ」

小学生が「休みの日はつまんない。学校があった方が友達もいるからまだまし」などと言ったりするので、びっくりします。友達と遊べないからというのはわかりますが、自分の時間で自分の好きなことをすれば良いのに、それが見つからないで退屈している子がたくさんいるのです。
教室では、九九を覚えてくること以外ではほとんど宿題を出しません。
それでも熱心な子は、家で算数をやってきた、と毎回提出する子が何人もいます。そろばん以外は家で好きなだけやってきても良い、ということにしてありますが、小さい子が家にいる時勉強ばかりやってるのかな、と心配になります。

親として、学校の勉強ができないと心配ですし、できれば良い成績を取って、ある程度の学歴を身に付けてくれたら、今の不安定な世の中でも多少は将来の不安が減ることも事実です。
何か一つでも得意なことを身に付けて、自信を持って生きてほしいとも思います。
ですから、習い事や塾に通わせることで、子どものために何かしてあげてると親は少し安心できます。

でも、それより重要なことは、子どもに好きなことを見つけさせること、見つける力をつけることです。好きなことがあるということは、たくさん感動できることがあるということです。感動のない毎日で、楽しい人生は送れませんから。

「うちの子本を読まないんだけど」という声も良く聞きます。
まず、漫画でも雑誌でも何でも良いので、好きなもので文字に触れさせることです。
本を大量に読む人は、ほとんどが漫画も雑誌も読みます。逆に、本をほとんど読まない人は、漫画も雑誌も読まない人が多い気がします。
親が本を持っていて読書の習慣がある人は子どもも読みそうなものですが、必ずしもそううまくはいかないようです。
でも家に本がある環境も大切だと思います。気が向いたとき、気になった本があると、手に取って読む可能性がありますから。

漫画、ドラマ、映画の影響で、原作を読みたくなることもあります。
この前長女と話していて、『ティファニーで朝食を』の原作と映画のラストの違いで、原作のが主人公らしくていいけど、オードリー・ヘップバーンの映画じゃハッピーエンドじゃなくちゃね、と意見が一致しました。(内心、いつの間に原作読んでたんだ?映画もいつ見せたっけ?と思いました。)
本は好きでも、ライトノベルやSFやホラーなどで、文学史の教科書に出てくるような本は拒絶していた長女が、最近は太宰治、夢野久作、トルーマン・カポーティの話をするようになってきました。

映画でもアニメでも、一緒に見て、一緒に話をして、親子で感動を共有することが一番ではないかと思います。
今の主人公はこんな映画にも出てて良かったよ、とか原作はここが違うけど、それはそれでいいんだよ、とか話しているうちに話はどんどん飛んで、いろんな映画や漫画や本の話で盛り上がれます。
子どもは子どもなりの情報を持ってますから、親も新しい興味を引き出してもらえます。
それがいつかずっと後になって、本屋で目にして手に取って読むきっかけを作るかもしれません。

ニーチェは、読むべき本として次のような本をあげています。
「読む前と読んだあとでは世界がまったくちがって見えるような本。
わたしたちをこの世の彼方へと連れさってくれる本。
読んだことでわたしたちの心が洗われたことに気づかせるような本。
新しい知識と勇気を与えてくれる本。
愛や美について新しい認識、新しい眼を与えてくれる本」

『超訳ニーチェの言葉』は、まったく今風の言葉で、19世紀にこんなこと言うかなという言い回しで、一ページに一つの短文がテーマごとにまとめられています。
その中のいくつかの言葉をテーマにして、例えば経済とか片付けとか学習とかの知識を付け加えれば、何冊もの本が書けそうな内容です。
本をあまり読まない人にも簡単に読めるし、自己啓発本とかHOW TO本の百冊分以上の価値があると思います。

やりたいことがあり過ぎて時間が足りない我が家のための言葉もありました。
「人生はそれほど長いものではない。夕方に死が訪れても何の不思議もない。だから、わたしたちが何かをなすチャンスは、いつも今この瞬間にしかないのだ。
そして、その限られた時間の中で何かをなす以上、何かから離れたり、何かをきっぱりと捨てなくてはならない。・・・・・」