音楽の思い出

母の遺品から、歌集が出てきました。
カラオケにはまったく興味がなく、多分ほとんどカラオケの経験はなかったはずなのに、何故新しい歌集?と思ったら、大ファンの秋川雅史さんが懐かしい歌を歌ってたようで、歌詞の気に入った部分を書き写したりしていました。

両親は、音楽にだけは自信がない人達でした。
子ども(私と弟)の幼稚園で何か一つ習い事を選択する時、わざわざオルガンやヴァイオリンを習わせたくらいです。
母は勉強、父は図工と体育なら教えられる、と思ったようです。
(残念ながら子ども三人とも、勉強もそこそこで、図工や体育などまったく苦手でしたが)

そんな両親ですが、実は音楽が好きだったようです。
父は戦時中海軍に所属してたので、当時海軍で流行ったタップダンスやハーモニカなどにはまったそうです。
ハーモニカは、伴奏付きの複雑な吹き方ができました。
小さい頃、父のハーモニカに合わせて、母や弟と歌を歌った記憶があります。
学校では習わない戦前からの学校唱歌など、両親世代の歌もいろいろ教えてもらいました。

実家の本屋では、出版社で出しているクラシックや映画音楽のレコードも売っていて、父からいろんな音楽全集をもらいました。
両親が特別好んでレコードを聞いていた、という記憶はありませんが、子どもに音楽に接する機会を与えたいと思ったのかもしれません。
おかげで、音楽の授業で不自由しないくらいのクラシックの知識と、映画と様々な音楽に触れることができました。

バンドに夢中の長男は、ギターをやっていたのに、ベースを習いに行ったり、ドラムをやったりしてましたが、今年に入って、小四でやめたピアノまで再開しました。
それを聞いた母は、
「あら、いいわね~私も習いたいのよ」
などと言い出したので、びっくりしました。

自分がピアノを習いたかったんだ、とわかったことで、納得できたことが多々ありました。
貧しく質素な生活の中で、普段の洋服や持ち物などかわいいものなど一切買ってもらえなかったのに、父の反対を押し切ってピアノを買ってくれました。
普段は弟を溺愛し、逆らってばかりの私は怒られてばかりいたので、とても不思議でした。
うちの子ども達にも、ピアノは個人の先生に習わせた方が良いと主張し、弟がヴァイオリンを習ってた先生に自分で申し込みに行ったり、親よりも音楽教育に熱心でした。

やりたければ、いくつになっても良いんだから今から習えば?と言ってたのですが、とうとう念願を叶えることはできませんでした。
それでも、ピアノの音楽が聞きたいというのでCDを選んであげたら、「千の風」だけでなくクラシックにもはまって、入院中もいろいろ聴いていました。
ここ数年の本当の晩年になってから、母はいろんな音楽を楽しんでいました。

反抗的な子ども時代には怒られてばかりで、兄弟の誰よりも店の手伝いをしていたのに認めてもらえず、弟と喧嘩しては怒られ、親とも喧嘩ばかりしていた気がします。
早く大人になって自由になりたい、とずっと思い続けて育ったので、昔に戻りたいと思ったことはありません。
それでも、父がハーモニカを吹いたり、母が歌ったり、家族で音楽を楽しんだこともあったんだな、と思い出しました。

「おばあちゃんて、嫁の愚痴ばっかり言ってる癖に、お母さんほどきつくないからマシだって」
と報告してた次女ですが、
「おばあちゃんが唯一お母さんのこと褒めてたことあるよ。ピアノが上手だったって」
と言っていたので驚きました。
「え~、勉強もしないでピアノ弾いてると怒ってた人が?」

小六で、ソナチネまでどうにか終えて、先生の都合でやめてしまったピアノですが、ずっともっと上手になりたいと思ってきました。
子どもの教育費がかからなくなったら、習えたら良いなあ、と思ってきましたが、あと数年です。
最近ずっと睡眠音楽にしている、グレン・グールドの「バッハ・ゴールドベルク変奏曲」が弾けるようになりたいなあ、と思ってます。