地下鉄(メトロ)に乗って

少し前に、テレビで映画版「地下鉄(メトロ)に乗って」を見て感動して、浅田次郎氏の原作を読みました。

地下鉄を通してタイムトラベルをするというSF的要素のある、親子の確執と恋愛の切ないお話です。
戦後一代で大企業を築いた横暴な父親に反発する主人公と不倫相手の女性が、地下鉄や夢を通して何度も戦時中と戦後の過去に運ばれ、過去で親の意外な姿を見せられます。
女性は、主人公が同居している母親と妻子を捨てられないことを悟っていて、淡泊な態度を取りながら何年も付き合ってきました。
過去を知り、二人が出会ってはいけない関係だったことを知ります。

その女性が、自分がお腹にいる、臨月の母親に質問します。
「私を産んでくれたおかあさんの幸せと、私の愛したこの人の幸せの、どっちかを選べって言われたら?」
その母親の答えは、
「親っていうのは、自分の幸せを子供に望んだりはしないものよ。そんなこと決まってるさ。好きな人を幸せにしてやりな」
その結果、
「ありがとう、おかあさん。ごめんね」
と言って、自分や自分の母親の幸せよりも、愛する人の幸せを最優先する道を選びます。

親子関係だろうと、男女関係だろうと、自分の欲や幸せよりも、どれだけ相手のことを考えられるか、というのが本当の愛情ですよね。

 

先日、母方の叔父が母の所に用事で来ることになりました。
叔父の孫に、うちの次女と同級生の優秀な女の子がいるのですが、
「また自慢されるよ。うちには自慢できるような優秀な孫がいないもんかね」
といつものように母は嘆きます。
幸か不幸か、大人の虚栄心の種になるような子どもは我が家にはいません。

それでも、劣悪な家庭環境に対する愚痴は一切言わず、
それぞれに好きなことを見つけ、生まれて良かったと思ってくれて、
家ではだらしなくても、外に出ればきちんと大人の対応ができているようだし、
お互いに無関心を装いながら、三人でにぎやかにしゃべってて仲良さそうだし、
親が死んでも、いざとなったら三人で助け合って生きていってくれそう、
というのが親としては自慢です。

親の方も、自分を犠牲にしてまで献身的に子育てしてきたわけではないので、
子どもに多くのことは望めません。
何も残せないけど、できるだけ子どもに頼らない自立した老後を目指すから、
子ども達にも親に頼らない自立した人生を望むばかりです。
できれば、多くの人と知り合い、損得抜きでつき合える関係を築き、
自分も他人も、常に楽しくさせることができる人間になってほしいと思ってます。