そろばんを学ぶ意義

幼児が珠算検定で1級を取ったことが話題になることが時々ありますが、そろばんを英才教育の一種と考える人がいます。
確かに、小さな子どもに加減乗除を教えたり九九を教えれば、記憶力は抜群に良い時期ですから、反射的に覚える場合もあるでしょう。
そうすると、この子は天才だということで、周囲の大人も熱心に特訓して、たちまち上達することもあるでしょう。
そういう子の家庭では保護者も熱心で、毎朝早く起きて、朝食前に1時間そろばんをやり、そろばん教室へも毎日のように通うそうです。

その熱心さには脱帽ですが、一体何がそこまで親子を駆り立てているのかが理解できません。
せっかく才能があるんだから、最大限に伸ばしてあげたい、という親心はわかります。
けれど、それって本当に子どものためでしょうか?
うちの子ってすごいでしょう、って自慢したい気持ちの方が大きくないんでしょうか?
幼児期にしか持てない子どもの大切な時間を奪ってないでしょうか?

小さな子どもは、親が唯一の頼りで生きていますから、本能的に親のために一生懸命になれます。
親が喜ぶ顔が見たくて、一生懸命ハイハイしたり、歩いたりして発達していきます。
その延長で、親が勉強を教えて、良くできたとき喜んでくれれば一生懸命頑張りますし、逆にできなくてがっかりしたり、怒られたりしたら、萎縮して、なんとか機嫌を取ろうとするでしょう。
子どもの方が、親よりもずっと献身的だと思います。

でも、中には私のように反抗的な子どももいるでしょう。
自意識過剰で、親なんか頼らず生きていけると信じてるような子は、親が干渉すると反抗してやらなくなります。
いろんなことに反抗してた子ども時代ですが、そろばんなどの習い事には、通わせるだけで、家でやらされたり、習っていることに干渉はされませんでした。
そのおかげで、小三の一年間で6級まで進んだので、小四のうちに3級、五年の二学期までに2級が受かれば、小学校のうちに1級は合格するだろう、と自分で計画をたてました。
そして、2級まではほぼ計画通り進みましたが、1級の検定試験で何度も失敗し、中一までかかってしまいました。

子どものくせに生意気ではありましたが、特別優秀だったわけではなく、昔は週に4~5日と毎日のようにそろばん塾に通ってましたから、小学生のうちに3級以上合格するのは普通でした。
ご両親の中には、大した苦労もなく検定試験に合格した経験から、週1~2回で同じように検定に受かるだろう、と勘違いされる方も多いのですが、今はそう簡単ではありません。
いろいろな習い事や塾に忙しい子どもにとって、そろばんにだけ集中できる環境ではなくなっています。

ことに優秀な生徒に限って、早くから進学塾に通ったり多くの習い事で忙しくなり、途中でやめるケースが多いようです。
また、最初は簡単過ぎることから始めるので順調に進んできたのに、急に難しくなって行き詰まると、「できない」ということに慣れていないために、やる気をなくしてしまう場合もあります。
そろばんの良いところは、どんなに優秀な人でも、いずれどこかでつまずき、スランプに陥り、それを乗り越えることで成長できる点だと思うのですが。

今、検定試験の上級まで目指す生徒の多くは、特別優秀というわけではなく、多くの失敗にもへこたれることなく、地道に継続できた子ども達です。
特別早く進むことにもこだわりませんし、できなくてもあまり落ち込むことなく受け止め、何度でもわからないと聞き、間違いを繰り返しながらも、いつの間にか進んでいることが多いようです。
ですから、中学、高校になっても自分の意思で続けることができます。
そういう子の保護者のほとんどが、普段はあまり深く干渉せず、いま何級で何をやっているかも知りませんが、途中で嫌になってやめたいという時だけ、目標までは続けるように勧めています。

保護者の方があきらめが早い場合も多いのですが、本人と保護者があきらめた時点で、何事も終了してしまいます。
目標に達成しないでくじけそうになっている時は、何とかフォローすることも必要です。
指導する側としても、決してあきらめないことが鉄則です。
何十回でも何百回でも、同じ生徒に同じ事を教える場合があります。
時には、このままで大丈夫だろうかと不安になることもありますが、絶対どこかでスルッと抜け出してくれます。

自分がそろばんをやって良かったと思うことは、計算が速くなったことだけではありません。
目標を達成するためには、あきらめずに続けることを身を持って実感できたことです。
最初の頃は周囲より早く進んで得意になってた時期もありますが、後から入った一年下の天才的な子にあっという間に抜かれ、世の中甘くない、ということも学べました。
昔は段位検定というのがなかったのですが、珠算塾で指導助手のバイトをしてた時、先生に受けてみないかと勧められ、何年ぶりかで珠算練習を再開しました。
20歳を過ぎて段位を取った時、教室で初めての段位検定合格者だと喜ばれました。
その時は、教えながら自分も練習するという体験ができたので、指導者講習に参加するよりも指導の勉強になりました。

計算が得意だからさらに伸ばしたい、計算が苦手だから何とか克服したい、とそろばんを始める動機はいろいろです。
元々計算が得意な人は、そろばんができなくても数字に強く、頭の中で独自の計算方法を編み出している場合もあるでしょう。
だから、必ずしもそろばんが計算力を伸ばす一番の方法とは限りません。
ただ、そろばんは数字を珠に置き換えて、目で見て指で動かして頭でイメージしてと、人間の感覚を駆使して計算を身につけます。誰にでも簡単にできるのです。
ただし、習ったことを忠実に繰り返して、反射的に指が動くまで身体で覚える必要があります。
とても時間がかかるので、途中であきらめてしまう人が多いのです。

本人が嫌になってあきらめるのではなく、保護者の方が何年もやってて級が進まないから他の塾や習い事に変える、という場合もあります。
進学塾などでどうしても続けられなくなって、という場合もあります。
そんな場合、現在挑戦している級を合格することを目標にして、合格したらやめる、というように目標達成した時点でやめることで、挫折感を減らすことができると思います。
6級に受からなくてやめたんだ、というより、6級に合格してやめたんだという方が、自分を否定せず肯定的に生きられると思うのです。

最近はそろばんが再認識され、計算力をつけるにはそろばんが一番という関心の高さは嬉しいのですが、毎日何時間も練習している天才児と同じように、週に1~2時間で飛躍的に上達できるわけがありません。
週に1~2時間でも、休まず何年も続けることで、少しずつ上達するのです。
その間には、必ず停滞する時期もあり、飛躍的に伸びる時期もあります。
何を学ぶにも一朝一夕では達成できず、上達には山あり谷ありで、自分のモチベーションをどうコントロールしていくかを知ることが大切です。

たかがそろばんですが、長期間学ぶことで、いろんな勉強、仕事、人生の縮図のような体験ができると思います。
親に言われて嫌々続けてたような子でも、検定を取るまで継続できた子は、きっと自分のことをよくわかっていて、自分の人生を大切に考えることができるでしょう。