イジメは、なくならない

イジメで子どもが自殺する、というのは、いつからこんなに増えたのでしょう。
昔からイジメはありましたし、これからもなくなることはないでしょう。
社会自体が差別だらけで、学校自体が排他的なのですから、なくなるわけがありません。
昔の方が、生活格差はもっと大きく、もっとひどいイジメもあったような気がします。
それでも、子どもが自殺する、というのは、めったになかったのではないでしょうか?
そもそも、「自殺」という発想が、子ども時代にはあまりなかったような気がします。
校長先生でさえ自殺するくらいですから、自殺という手段が非常に身近になってしまったのでしょうか?

自殺原因釈明の記者会見で、教師と教育委員会との溝はあきらかで、大人の世界自体にイジメ体質があるのを証明したような場面がありました。
中学・高校で一番熱心に行われているのが、勉強に関することより、頭髪チェックです。
長女が高校入学の時に、生まれつきクセっ毛であることを証明するために、小さい頃の写真を提出させられたのにはビックリしました。
髪や服装の乱れが不良の始まり、と学校側は信じてるようですが、それ以前に、乱れるような気分にさせる学校教育自体を改善すべきでしょう。
単一民族と信じ切っている、日本人的排他思想丸出しの教育方針こそ、なんとかしてほしい。
多民族の国で、クセっ毛や茶髪を取り締まりますか?
クセっ毛や茶髪などの生まれつきの個性を、ここまで堂々と差別する学校で、イジメがなくなるわけがありません。

うちの子ども達は、三人とも小学校前からメガネをかけていましたし、上二人はクセっ毛ですから、何もしなくてもイジメられる要素を持ち合わせてることになります。
ですから、そう簡単にイジメでくじけるようでは困るので、こんなこと言われたらどうする?などの問答を繰り返したりもしました。
でも、一番大事なのは、「みんなと違って何が悪い?」という考えを植え付けることです。
みんな別の人間なんだから、いろんな顔、いろんな格好、いろんな考えがあって当たり前。
なんで同じじゃなきゃいけないのか、ということを、誰に対しても言える人間になれれば、強くなれます。

けれど、この生き方は、さらに周囲から浮いてしまい、イジメの原因にもなり、孤立することも多々あります。

長女が小二のとき、クラス全員で、隣のクラスの女の子の一人をあからさまに避ける、というイジメがあったそうです。
それを人づてに聞いて、長女に聞くと、自分はやっていない、と言いました。
「それでも、それが変だと思ったら、やめようって言えなきゃ、共犯だよ」
と叱りました。
後日、その問題で保護者会があり、先生が、クラスでイジメに参加しなかったのは、うちの子だけだったと話されました。
長女が転校してきたとき親切にしてくれた、今でも仲の良いお友達が、みんなそんなことに参加してたなんて、ビックリしました。
長女は、年中ボーっとして別世界に行ってる子なので、みんながやっていることに気づかなかっただけかもしれません。
だけど気づいても、みんながやっているから、自分もやらなきゃ、という発想はないので、集団イジメには参加しないでしょう。

長女が中学に入った時は、体育の先生からいびられている、という情報が入りました。
本人は何も言わないので知らなかったのですが、お友達のお母さんが知らせてくれました。
入学準備のとき、体育の靴は学校指定がなく、本人も要らないと言うので、買いませんでした。けれど、他の生徒はほとんど同じ運動靴を履いていて、長女だけは普段履いている靴で体育を受けたことで、毎時間先生から怒られている、ということでした。
いくら貧乏だって、必要な物なら買ってあげるのに、何で?と聞くと、
「この靴は、小学校の終わりに買ってもらったばかりで、小学校では体育もこの靴で大丈夫だったし、まだ履けるから、新しい靴はいらない。先生にもそう言ったけど、わかってくれなかった」
と言い張るので、本人の意志を尊重し、履きつぶすまで履いてから、新しい靴を買いました。
おかげで、中一の間ずっと、体育の先生からは、にらまれていたようです。

「メガネザル」などと古臭い言葉を、今でも時々生徒が言っているのを聞きます。
どうするかな、と見ていると、
「そうだよ、メガネザルだよ」
などと軽くかわしているのを聞くと、よく言った、と思います。
そして、
「このメガネ、かわいいマークがあって、いいメガネだね〜」
と言うと、
「そうだよ。高かったんだよ。お母さんがいいメガネ買ってくれたんだ!」
と誇らしげに話してくれます。

親は、どう頑張っても、イジメを防ぐことも、直接守ってあげることもできません。
できるのは、イジメに立ち向かえるように育てることくらいです。
でも、みんながみんな、強くなれるわけでもありません。
何かあった時に、避難できる場所が必要です。
外で何があっても、家は、おもしろおかしく過ごせる避難場所でありたいですね。

下の二人は、妙に頑固ですが普段大人しかった長女に比べれば、ずっと活発でした。
誰とでも話せますし、長女と比べれば他人とも迎合しやすいので、社会的にはずっと楽に過ごせそうです。
それなのに、この二人、小学校から中学校にかけて、月に一度は休んでました。
微熱だ腹痛だ、と限りなくズルに近い休みです。
学校も先生も嫌いじゃないし、友達もたくさんいるけれど、定期的に休みたい病になります。
長男の小六の先生がとても良い先生で、
「そうやって、自分なりにストレスを調節してるんでしょう。あまり気にしないでいいですよ」
と言ってくださいました。
実家では、
「母親がいい加減で、学校には絶対行くものと、きちんと教えないのが悪い」
と言われてましたが、行きたくないなら仕方ないのでは、と思ってました。

今、イジメられても学校に行き続け、学校が世界のすべてになって、そこで見捨てられたら死ぬしかない、と思っている子ども達がたくさんいるのを知って、間違ってなかったのでは、と思います。

イジメで自殺を考えてる、全ての子ども達に言いたい。

行きたいか、行きたくないか、自分でちゃんと考えて、行きたくないなら、行かなくたっていいじゃない。
世界は、もっと広いんだから。
家と学校だけが、すべてじゃない。
まだまだ見ていない、知らない世界がたくさんあるんだから。
知らない世界を知らないまま死んじゃうなんて、損だよ。
つらいことだけで人生を終わったら、これから楽しいことがたくさんあるのに、もったいないよ。
自分の好きなことを見つけて、夢中になって楽しむのが人生なんだから。
自分以外の人間に、自分の人生をコントロールされるのだけは、絶対に拒否しなさい。
人生の主役は自分だけなんだから、脇役に翻弄されただけで幕を閉じるなんて、ありえない。
気にくわない脇役がいたら、場面を移せばいい。
脇役は消えるしかないんだから、主役は、好きなように活躍して、ハッピーエンド目指して人生を楽しめばいいんだよ。