子どものアルバム

三姉妹のお母さんは、三人分ちゃんとアルバムを作ってらっしゃるそうで、すごいなあと思いましたが、うちなんかひどいものです。
長女のアルバムは、生後半年で一冊になり、その後ペースダウンして三冊までまとめ、長男は生後一年位を一冊に整理しましたが、次女になると、写真は撮ったものの、お誕生の時に購入したアルバムはきれいなまま一冊も完成していません。
その代わり、上二人の時にはなかったビデオがあるから、まっいいか、と引き出しに一杯撮りためた三人分の写真があふれています。(アルバム整理は、時間の有り余った老後になるまで無理そう)
本当は、同じ写真を三人分焼き増しして、三人分のアルバムを作ってあげるのが理想でしたが、そんな丁寧な子育てはできませんでしたね〜。
あっという間に、写真を撮ってあげて喜ぶ年齢は過ぎてしまい、今では旅行に行っても、子どもは嫌がって写真をなかなか撮らせてくれません。
もっとも、とっくの昔に使えるカメラはなく、撮るといっても携帯電話のカメラしかないんですけどね。

最初の子どもの写真が圧倒的に多いのは、仕方ないですよね。
何やっても珍しくて、面白くて、何でも撮っておこうとしてしまいますから。
お座りした、一人で立った、つたい歩きした、一人で歩いた、という全ての成長が初めてで、感動で、全て記録しておきたいと思ってしまいますからね。
長女なんて、洗濯物を片づけている時、ハンガーを頭にかぶった格好がおかしかったから撮った、という写真とか、くだらない物もかなりあり、
「こんな写真まで撮って、バッカじゃないの!」
と言われてます。
今思えば、カメラ小僧のように常にカメラを傍らに置き、シャッターチャンスを逃すまいとしている姿は、確かに滑稽ですよね。

二人目三人目になると、子どもの成長過程も一度把握してるので、新しいことをやってもあわててカメラを取りに行くこともしなくなり、ちゃんと成長してるな、と確認してすましてますね。子どもが一人じゃないので、いちいち写真を撮る余裕もなくなってるのですけどね。
でも、写真の量で親の愛情を比較して、ひがまないでほしいですよね。いろんなことをカメラ越しにしか見ていなかった最初の子と違って、じかに成長過程を見てきたんですから。

成長の一部始終は撮らなくなっても、運動会とか行事の時には、ビデオとか一生懸命撮っていました。
でも中には、写真もビデオも撮らない主義のお母さんがいて、なんで?と聞いたら、
「だって、そんなの撮るのに夢中になってたら、子どもをじかに見れないじゃない」
と言われました。
確かに。せっかく来てるのに、レンズ越しに子どもを捜し回ってばかりで、ゆっくり子どもの演技を鑑賞する余裕もなく、見に来れなかった人達に見せるために撮影に夢中になってました。
一生懸命撮った写真やビデオは、今でも見ようと思えば見られる思い出ですけど、引き出しの中に埋もれてます。
そして思い出せるのは、広い校庭を走り回る我が子ではなく、レンズの中の狭い視野の中を走る子どもの姿なんですね。
ちょっと残念かな〜。