親と子どもの時間・2013年

一番の親孝行

「凄絶な告別式だったよ」と長男。
「伯母ちゃん、見てられなかったよ」と長女。
「あのどっしり構えた伯父ちゃんも、相当参ってたよ」と次女。

二週間前、子ども達にとっては実の兄のような存在の父方の従兄が急死しました。
急性心筋梗塞で突然倒れ、まだ35歳でした。
独身で、両親にとっては一粒種でした。
兄弟がいない分、うちの子ども達ととても仲が良く、特に長男と次女とは共通の趣味が多いため、実の兄弟以上にメールをしたり遊びに行ったりしていました。

私は縁が切れているので、お通夜に参列しただけでしたが、子ども達は知らせを受けた翌日から怒涛の一週間を過ごしました。
お世話になったお兄ちゃんに恩返しできない分、伯父ちゃんと伯母ちゃんに精一杯恩返しするしかないのですから。

最初に知らせを受けた長女はかなり動揺して電話してきました。弟と妹に連絡が取れないと焦って、何を言っているかわからない状態でした。
次女は、一週間前に二日続けて会ったばかりで、今月26日の誕生祝いを早目にもらっていました。
長男も今月25日が誕生日で、一緒に祝ってくれるはずが予定が合わないため、別の日に会う予定でした。
長女は、一週間後に、7月に入籍した報告をしに行く予定でした。

うちの子ども達は、私の父と母と、実家の本屋を手伝っていたおじさん(母の従兄で第二の祖父のような存在)と、三回の葬儀を体験しています。
そのため、二十代のわりに告別の様々な儀式や法事などの経験は豊富です。
とはいえ、徹夜でお線香の番をしたり、遺族を慰めるために一晩中話を聞いたり、と今まで親達大人がやっていたことを実際にやるのは初めてです。
地元に親戚がたくさんいる中でも、うちの子ども達ほど親しかった人はいなかったようなので、本当に実の兄弟のように見送ってあげたようです。

長男は死に対してドライなので「お兄ちゃんは好きなように生きていたんだから、悔いはないはず」と言っています。
次女は、「おじちゃんの次に最後にメールもらってたのに、返事してなかった」と後悔していました。散々面倒をかけているので「そのうち倍にして返してもらうからな」と言われて別れたそうです。そのため、初七日が終わるまで、買い物や荷物持ちや料理や犬の散歩など、いろいろ手伝ったようです。
長女は一番頼りなく、風邪で咳がひどかったため、かえって心配してもらう始末。つらい時に慰めてくれる人が家にいてくれて良かった、と婿に感謝しました。

長男と次女は、これからしばらくは、毎週のように遺品整理と伯父・伯母の様子を見るために通うと言っています。
長男と次女にとっては宝箱のようなお兄ちゃんの部屋を、両親は早く片付けたいそうです。
しばらくそのままにしておけば良いのに、とみんなから言われるそうですが、早く今の状態を断ち切りたいようです。
うちの子ども達は、初七日が終わった夜からバイトを再開し、予定通り様々な遊びや付き合いをこなしています。
世間的にはドライ過ぎるかもしれないけれど、お兄ちゃんの分まで精一杯人生を楽しんでほしいと思います。

大震災などがあると、人間いつ何があるかわからないから、いつ、どんな別れがきても後悔しないように生きたいと思います。
子ども達にも、親の価値観を押し付けずに好きなことをさせつつ、親がいついなくなっても大丈夫な生活力をつけさせたい、と思います。
ですから、お互い何があっても後悔はしないという暗黙の了解が家族間ではあります。
けれど、順番だけは守ってもらわないと。

子どもは、どんなに出来が悪くて、まともに就職できなくて、何やってるかわからないような生活をしていても構いません。
親の虚栄心や自分の見栄のために生きることはありません。
できれば好きなことに夢中になって、楽しく生きて欲しいとは思います。
どんな生き方をしても構わないけど、とにかく親より長生きさえしてくれれば文句はありません。

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facebook始めました

以前会社のアドレスで作成していながら、知らない人から友達申請がきたりして鬱陶しいと思ってずっと放っておいたフェイスブックですが、利用者No1ということで、中高年にまで浸透していることを知り、改めてキッズ・ブック・スペースのアドレスで開始することにしました。

利用してみると、PCからも携帯からも同じ情報にアクセスできて、メッセージなども一つで両方から見ることができるなど、便利な面が見えてきました。

長い文章の入力はやりにくいのですが(元々はもっと短く字数制限があったそうなので)、気軽にアクセスして写真もアップできるというのは便利です。
まあ、だらだら長い文章を書くな、ということなのですが。

読んだ本や見た映画などを日記的に記録しておくのに便利、と思って利用しています。
まあ、見知らぬ人に読んでもらえるものではありませんが、知ってる人が、こんなことに感動してるのか、と共有してくれるようなおしゃべり媒体としては面白いかもしれません。

https://www.facebook.com/kazuko.sakamoto.9883

https://www.facebook.com/sorobanjuku/

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なぜ自殺したいの?

20~30代の死亡原因の1位は、病気でも事故でもなく、自殺だそうです。
国際的にもその数値は突出しているようで、宗教的に自殺を戒める文化圏と比較すれば、自死を潔いという美意識の名残があるのでしょうか。
自殺は鬱病などの病気からくるものも多いですし、健康問題の悩みによるものが多いということなので、病気が一因ではあるでしょうが。

最近、肘が痛くなったり、肩が痛くなったり、耳鳴りが続いたり、定期的な運動や食事に気をつけていても年齢と共に身体的不調を感じて、鍼治療に通ったりしています。
それまで腕力と体力と柔軟性だけには自信があっただけに、思うように使えない体にストレスを感じたりします。
それでも、今までできたことができないからストレスを感じるので、元々普通の女の人は腕力も握力もないし、体の硬い人は背中に手が届かないのが普通なんですよね。

『困ってる人』や『さらさらさん』の著者は、普通以上に行動的な女子大学院生で、世界を駆け巡って困ってる人を助けようと思っていたら、自分が困ってる人になってしまいました。

いきなり身動きが取れなくなり、原因究明のための過酷な検査の連続の最中も、両親や親戚に頼ることができず、自分一人で問題を解決していきます。
そんな難病体験をユーモラスな文章で書いていて、とても毎日自殺を考えていたとは思えません。
自殺しない方が不思議なくらい大変な目に合いながら、さらに自分一人で生きていくためにはどうするか、難病のための高額な医療費と生活費を稼ぐ方法を模索します。

これを読めば、大抵の苦労は自殺するほどではないと思えます。
でも自殺を考える人にとっては、自分の目の前のことしか見えないでしょうし、そんな困難をユーモラスにかける文章力があるのは特殊な人に見えるでしょうし、そもそも読むことに救いを求めないのかもしれません。

『困ってる人』を読んだ時は、いくら地方に住んでいるとは言っても、東京の私立大学に娘を通わせる能力のある両親が、何故助けに来ないのだろうと不思議でした。
両親についてはムーミン谷のパパとママだから頼ることはできない、というだけで詳しいことはわかりません。
ただ、両親との関係が希薄なわけではなく、進学にしても進路にしても、子どもの頃から親を頼る習慣がなく、自分で調べて自分で決めて生きてきたから、どんな状況でも自分で生きていくことが当たり前だと思っているようです。

『さらさらさん』を読んで、福島の子どもの少ない集落で育ち、決して豊かとは言えない家庭ながら、本だけは豊富に買ってもらえたことがわかりました。
お母さんが貧しくて本が読めなかったから、娘にだけはどんな無理をしても本を読ませたいと言っていたそうです。
『はてしない物語』など、我が家では実家が本屋だからこそ読めたような高価な本を、惜しげもなく買ってくれたそうです。
そんな親の思いを吸収し、大量の絵本や児童書や文学や評論や詩を読んで育つことで、自立心や向学心が育ち、困難にも負けない方法を身につけたのでしょう。

現在はネットからの情報が氾濫し、若い子だけでなく中高年以上もフェイスブックにはまるなど、読む行為が携帯に依存し、本から離れています。
自分もソフトウェアの仕事をしていて、子ども達にも小さい頃からTVやパソコンやゲームを与えてきていて、本だけで育てるのは不可能になってきています。
それでも、思いつきでつぶやいた言葉だけに翻弄されるのではなく、資料を収集し、内容の整合性を考慮し、何度も推敲した上で発表された文章もたくさん読んでほしいと思っています。
たくさんの本を読むことで、様々な環境で育ち、いろいろな価値観を持った人の考えに触れ、自分の生きる世界だけが全てではないことを知り、自分の生き方を振り返り、どう生きたいかを考えていってほしいと思います。

死にたいほど辛いことは人生で何度もあるでしょう。
その度に死んでたら命がいくつあっても足りません。
死にたいほど嫌なことがあったら、まずは逃げ出すことを考えましょう。無理して嫌なことと付き合うことはありません。
でも、子どもの頃は生きることを大人に依存しているので、周囲の大人が原因の場合は自由にはなりません。自分で生きていける道を探りながら、何年か辛抱する必要があります。
自分で生きていくために今何ができるか考え、能力を磨く必要があります。
それを実行しているうちに、大人になれます。

大人になったって死にたくなることは山ほどあるでしょう。
でも、子どもの頃苦労していないから、大人の自由さを自覚できないだけです。
他人と比べて、仕事がキツイ、収入が少ない、友人が少ない、恋人ができない、などと他人に依存した価値観を持っている限り、自分の幸せは掴めません。
成人になったら、既存の価値観に縛られない限り、親に依存しないでも好きなように生きていけるのです。
早く大人になって自由になることを夢見る子どもにとっては、成人であるというだけで贅沢です。

嫌だからと仕事を転々とすれば良いわけではありません。
自分の能力とやりたいことを見極め、自分の能力を伸ばしながら生活も向上させることを考えれば良いでしょう。
自分が持っていない物のことで、ひがんだり妬んだり不幸になることはないでしょう。
それは、物だけでなく人間関係でも同じです。
職場では親友や恋人を作るのが目的ではなく、どう円滑に仕事を進めるかだけを考えて人付き合いをすべきです。それができない人とは、極力接触時間を減らすことでストレスを減らすしかありません。

まあ、うちの教室に数年通って、きつい指導に耐え、何度も失敗を繰り返しながら進級した生徒なら、大抵のことには耐えられるはずだと思います。
就職してキツイ研修に耐えられない若者が増えているそうですが、どんなキツイ上司も坂本に比べればずっとマシ、と思って社会に出てもたくましく生きていってくれれば幸いです。

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永遠の0

『永遠の0』は、26歳のニートの弟とライターの姉が、終戦間際に特攻隊員として26歳で亡くなった実の祖父のことを調べるというお話です。
祖父を知る生き証人を探しあて、体験を聞いて回りますが、飛行機による特攻だけでなく、人間魚雷や人間爆弾など様々な特攻の話がリアルに描かれています。
小説としても、伏線が最後に活かされていて、感動させられます。

私の父は、特攻隊の生き残りでした。
特攻隊と聞くと、私が生まれる半年前に亡くなった、会ったこともない父方の祖母のことを思い、胸が熱くなります。

父は、16歳の時にお母さんのことを守りたい一心で予科練に志願しました。
「お母さんは偉かった。予科練に志願したいと言ったら、黙って見送ってくれた」とよく父は言っていました。
それを聞くとムカついて「言いたくても言えない時代だったんだろ。子どもの命で自分を守ってほしいと思う母親なんているもんか!」と怒鳴っていました。

祖母は、父の最初の子どもが生まれることを楽しみにしながら亡くなりました。
自分を守ろうとした9人兄弟の末っ子が無事に戻ってくれて、次の世代に命を繋げてくれたことは、どんなに嬉しかったことか。

戦争映画で特攻隊員が「天皇陛下万歳!」と叫んで突っ込んでいく場面を見て、父はいつも言っていました。
「天皇陛下万歳!なんて叫んだ奴がいるわけない!みんな、お母さんって叫んだに決まってる!」

『永遠の0』には、残された手紙などの資料を元に、特攻は天皇を信仰した信者による自爆テロだ、と信じている若者が出てきます。
あんな検閲による嘘だらけの手紙を信じるのか?という気がしますが、そんな説を聞かされると信じる人も多いのかもしれない、とも思えました。

特攻は、作戦でも何でもなく、味方による虐殺だ、と思います。
死ぬことが潔い、なんて根強い日本人の死生観によって、大量の優秀な人材が失われました。無限の樹形図を大量に断ち切られたことになります。
その作戦を実施した権力者達は、多くが子孫を残し、中には政治の実権を握っている人もいます。

父には、軍隊式に殴られたり乱暴に育てられましたが(お母さんの生まれ変わりかもしれないのに!)おかげで強くたくましく育ちました。
どんなに強い権力者(子どもにとっては親や教師)に対しても、自分が正しいと思ったことはたった一人でも主張できる子になりました。
そのために損をしようがいじめられようが、まったく気にしません。
何故なら、父のように志願する子どもがいたら、社会に逆らってでも殴り飛ばしても止める必要があるからです。

父は、「好きなことを職業にしたらいいぞ」ともよく言っていました。
自分や仲間たちができなかったことを、好きなようにやらせたい、という思いがあったのでしょう。
おかげで、好きなもののために好きなように生きる人間になってしまいました。
子どもたちも、優秀なエリートとは程遠いけれど、好きなものを存分に楽しむ人間に育っています。

息子は「悪いけど、一人しか生きられないとなったら、自分が助かるから」と、世の中に自分一人残っても、何がなんでも生き残る、と言い放っています。
誰が子どもに助けてもらうもんか。自分の身は自分で守るから心配するな、とこちらも言っています。

絶対に死地に向かう心配のない人達の中には、戦争のリベンジをしたがっている人もいるようです。
日本人は一般的に良い人達ですが、簡単に洗脳されやすく、多数意見に流され、自分の味方を虐殺する人間にも変身する可能性を秘めています。
同じ過ちを繰り返さないためにはどうすべきか?
まず、過去を知ることが必要でしょう。

『永遠の0』は、うちの子ども達と甥っ子それぞれに一冊ずつ配りました。
さらに、読ませたい友達がいたら、手渡してほしいと思っています。

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読書アドバイザー講座修了

親子絵本講座を企画するのに、絵本の勉強をする必要もあるけれど、何か資格が取れないものか、と思っていて見つけたのがJPIC(出版文化産業振興財団)読書アドバイザー養成講座です。

http://www.jpic.or.jp/learn/advice/

丸一日のスクーリングが8回と3回のレポート提出で、本に関する様々なことを学びます。
毎年100名の参加者がいて、今回20回目の修了式に参加しました。

読書アドバイザーというからには、本をどうやって選んで紹介するか、ということを学ぶのかと思ったら大間違いでした。
本や読書の歴史、編集、印刷、出版、取次、書店、図書館、製本・装丁など本のしくみ、書評の書き方、古書、児童書、雑誌など、本に関する様々なことが網羅されていました。
グループに分かれて、本をどうやって紹介するかなどのディスカッションもします。

長年本屋を手伝っていたので、本の流通や製本などについては多少の知識がありましたが、古書の世界など知らないことも多く、とても面白い講座でした。
最近は「ビブリア古書堂の事件簿」などで古書店や古書について多少一般的になってきた感じもしますが、まだまだ未知の世界です。
普通の書店に並んでいた作家名は、読んでいなくても見たことのある人が多いのですが、古書店に行くと、なんでこんなに知らない作家がいるのかと圧倒されます。

書店の現状に関しても興味深い話が聞けました。
実家は10坪弱の本屋でしたが、当時はそんな街の本屋は全国にたくさんありました。
今では、そのほとんどが閉店に追い込まれ、そんな小さな本屋は駅ナカの本屋くらいになってしまいました。
昔は100坪以上の本屋だと大きな書店という気がしていましたが、今では小規模書店だそうです。
500坪以上の書店が次々のできて、デパートみたいだな、と淋しい気がしていました。
けれど、セレクトショップのような小さな本屋も増えてきているそうで、嬉しくなりました。
好きな本を好きなように並べて売る本屋なんて、昔夢見た本屋のようです。

などと、ついつい本屋に関して想いを馳せることの多い講座でした。
「読書アドバイザー」などという資格は取ったものの、何のアドバイス能力も身に付いてはいません。
ただ、いろいろな勉強の指標になる概要を聞いただけです。

今年は、絵本と児童書を中心に勉強していきたいと思っています。
ただ、昔の小さな本屋についても調べて記録しておきたい、と思いました。
講師の先生方も、昔の小さな本屋の実態を知ってる方が少ないようで、実際はこうなのにな、と思うことがありました。
小さな本屋が、どんな風に頑張って発展し、衰退していったか、見てきたことだけでも残しておきたいと思っています。

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