親と子どもの時間・2012年

クリスマス

今年は、親子絵本教室を始めたり、諸々忙しくしている間に、あっという間に年末になってしまいました。

先日の親子絵本教室では、クリスマス絵本をテーマに開催し、サンタクロースを待ちわびる子どものワクワク感いっぱいの絵本、世界のクリスマス風景の絵本などをご紹介しました。

http://www.kidsbook.jp/

いつの頃からか、暖炉も煙突もない日本でもサンタクロース伝説が受け入れられ、親は子どもの夢を壊さないように必死に頑張るようになっています。
ただでさえ忙しい年末に、子どもの欲しいものを聞き出し、予算内で何とか購入しようと探し回り、狭い我が家のどこにどうやって隠そうか苦労し、子ども達が寝静まってから枕元に置くという忙しなさも、過ぎてみれば子育ての良い思い出です。

日本人は、宗教に寛容でお祭り好きだから、クリスマスも大好きですね。
クリスマスやサンタクロースの由来など何も知らなくても、多分に商業主義に乗せられながら、様々なクリスマスを楽しんでいます。
クリスマスが過ぎると、お正月の準備が始まって、お正月には神社に初詣に行くから忙しいのですが、それが日本人らしいですね。

クリスマスは元々キリスト教の行事で、宗派によっては派手なことは一切しないで、教会で祈りを捧げるだけの人たちもいます。
国によってもクリスマスの過ごし方や食べ物もいろいろあって、不思議だなあと思っていました。

クリスマスの絵本をいろいろ読んでみて、必ずしもキリストの誕生を祝うためだけの行事ではないということがわかりました。
キリスト誕生以前から、日本の神話のように世界各国に神話がありました。
太陽、月、火、水など様々な自然に神様がいて、夏至や冬至など季節の変わり目にはお祭りをしていました。
唯一神を信じるキリスト教が広がって、それまでの神が否定されても、長年続いたお祭りを廃止することは難しかったようです。
そこで、キリストの誕生を祝うクリスマスと冬に行われる行事が合体して、世界各国の様々なクリスマスになったようです。

でも日本人は、外国の習慣や行事などを受け入れても、それまでの習慣やお祭りも残してきました。
中国と 茶碗と 日本と』という本で、中国には残っていない昔の中国の文化が、日本にはたくさん残っている、ということを読みました。

あ、だから日本では、クリスマスもやって、そのすぐ後にお正月もやるんだ、と納得しました。
いいですね。このゆるキャラなみのゆるさ。
商業的な目的もあるでしょうが、とにかく楽しそうなことは何でも受け入れてしまう日本では、宗教戦争などは起こらないでしょう。

世界中にはクリスマスどころではない国がたくさんあって、信じるものが違うというだけで悲惨な状況にある子どもがたくさんいます。
何を信じようが自由ですが、みんなが同じものを信じなきゃダメとか、別のものを信じる人を全否定する宗教だけは勘弁して欲しいですね。

キリスト教が広まっている国でも、どこかに昔の神話からくる習慣やお祭りや文化が残っているということです。
クリスマスは、世界中がその寛容さを確認する行事であってほしいと思います。

続きを読む 0 コメント

松江・小泉八雲ミステリーツアー

毎年恒例の次女との夏旅行で、出雲と松江に行ってきました。

 

続きを読む 0 コメント

「雪と珊瑚と」

この本は、「平均的な幸福」に縁のない人、「平均的な幸福」に縛られて悩んでいる人、そして、自分が平均以上の幸福の中にいても気づかない人にぜひ読んでほしい本です。

 

21歳の珊瑚は、離婚して、生後7ヶ月の娘・雪を抱えながら生活を模索していました。
高校の時にシングルマザーである母親に捨てられ、元夫の実家には結婚・出産・離婚のことさえ隠され、天涯孤独の身でした。

それでも、自分の境遇を淡々と受け止め、どう対処すれば良いか考え、できるだけ他人に頼らず自分で何とか生きてきました。
そんな姿に共感し、さりげなく手を差し伸べる人々が出てきます。そのほとんどの人が「平均的」な人生ではない、それぞれの事情や信念や夢に従って自分で選んだ生き方をしています。
こだわりを持って無農薬野菜を作る人や、その素材を活かして手間をかけずにおいしい料理を作ってくれた人達から、食べる物がまったくない家に一人残されて育った珊瑚は、多くのことを教わります。

「どんな絶望的な状況からでも、人には潜在的に復興しようと立ち上がる力がある。・・・・・それを、現実的な足場から確実なものにしていくのは温かい飲み物と食べ物」

 

高度経済成長以前の日本には、質素な生活の中で淡々と暮らし、子どもが生まれたら一人親でも可能な範囲で育て、現代の「平均的な幸福」からはほど遠い人生でも不幸だとは思わずに暮らしていた珊瑚のような人がたくさんいたと思います。
塾や習い事にお金をかけ、ブランド物を身に付けさせ、学歴をつけさせて、できるだけ安定した企業や公務員を目指すことが教育の見本のようになったのは最近のことです。
その中で、ちょっと異質だといじめられ、学歴があってもなくても就職難、やっと就職できても勤め先でいじめられる、というのが子どもたちの現状です。「平均的な幸福」を目指しつつ、絶望的な状況です。

 

そんな子どもたちには、いろんな生き方があることを教えてくれます。自分のやりたいことを見つけたら、実現すれば良いのです。
自分で事業を起こす為の具体的な対策も教えてくれます。成功例と失敗例などもあり、小説スタイルのビジネス書?とも思えました。
起業すれば誰もがトントン拍子に成功して、雑誌の取材を受けて注目を浴びる、というのは幻想ですが、誰にでも自分の夢を実現する方法があるのは事実です。

 

親は、良くも悪くも子どもに影響を残します。
ネグレクトという虐待家庭で育ったことが、美味しいものを提供したいという珊瑚の原動力になり、その潔い生き方は母親譲りでした。
そして、娘を育てることで生きる力をもらい、母親とは違って娘の成長を喜ぶことができることが、珊瑚の「幸せ」でした。

続きを読む 0 コメント

イジメに負けない教育

 6年ほど前にも、「イジメは、なくならない」というタイトルでイジメと自殺について書いたことがあります。
 相変わらずイジメによる自殺はなくならず、イジメを隠す教育機関の体制も変わりませんね。
 学校のイジメ問題と同時に、警察関係者が男性複数で女性一人に性的イジメをするというニュースが流れてきました。この調子では、正義を教えるはずの警察学校でも、激しいイジメがありそうですね。
 女一人でも、正義を主張して体を張っても抵抗してほしかったとは思いますが、多勢に無勢では、事後報告をしただけでも良くやったと言うべきなんでしょうね。
 いずれにせよ、大人になってもイジメはなくならないのですから、そんな大人が育てている子どものイジメがなくなるわけがありません。

 今は、小学校では女の子の方が強くなりましたね。
 イジメでも、女の子が主導権を握る場合があるのは問題ですが、女の子はおしとやかに大人しくしているべき、という観念がなくなったのは喜ばしいことです。
 40年ほど前までは、男尊女卑的観念が強く、自己主張する女子はイジメの対象でした。
 すぐに泣く子もイジメられましたが、それを助けるような強い女子も集団で男子にイジメられました。助けたら女子がみんなで協力して一緒に戦ってくれれば良さそうなものですが、普通の女子は男子と争うことはしませんから、遠巻きに見ているだけでした。
 そうやって目立ってしまった私は、小学生の頃毎日のように男子の集団からイジメにあっていました。
 女子は遠巻きに「やめなよ~」と言いながら見ているだけ。加勢してくれればいいのに、と思いましたが、誰も助けてくれないことを思い知りました。
 自分が正しいと思ったことを主張するには、誰にも頼らず、自分が強くなって一人で戦うしかないんだ、と思いました。

 雪の日に男子集団に雪玉を投げつけらてびしょ濡れで家に帰ると、
「女の子のくせに、またケンカなんかして!」と母から怒られました。
 実際、やられるだけでなくやり返してもいるので、単なるイジメでなくケンカと見なされても仕方ないのですが。
 女のくせに何をされても絶対泣かないから、泣くまでイジメてやる、というのが男子集団の目的でした。
「今に見てろよ~」と学校帰りには思ったものです。
 そんな調子で、小学校卒業まで、ほぼ毎日のように男子集団とケンカしていました。

 中学になると、戦前感覚で怒る男の先生にまで、
「一人の生徒のイタズラの責任を、何もやってない生徒まで巻き込んでクラス中で責任を取れって、おかしくないですか?戦時中の隣組じゃないんですから!」
などと一人で反抗するようになっていました。
 
 ここまでくると、男子もイジメるどころか、恐れて逆らいもしなくなりました。
 職員室に行くと別の先生から、
「あの先生はもうお年なんだから、あまりイジメるなよ」
などと言われる始末です。

 イジメられて辛いことの一つに、孤独があります。
 みんなから嫌われて、自分は一人ぼっちだ、と思ってしまうことです。
 大切に育てられた子どもは、自分が嫌われるとは思いもしませんから、周囲の人間に嫌われて一人ぼっちになることはショックでしょう。家族が大切にしていればなおさら、学校で一人ぼっちというのが耐えられのないでしょう。
 その点私は、親からも嫌われていると感じて育ったので、赤の他人に嫌われても仕方ないと思ってましたし、怖いもの知らずでした。そして、絶対的に信頼できる友人が一人いたので、ほかの誰から嫌われても平気でした。
 逆に、人から好かれるために何かをする、ということが大嫌いで、成績のために教師の機嫌を取るような男子とは一切口もきかず無視する、というイジメのようなこともしました。

 イジメの原因は多々ありますが、一番多いのは、ちょっとでも異質なもの、自分と違うものを排除する感覚ではないでしょうか。
 世の中自分とは違うものだらけですし、誰とでも親友になれるわけでもありません。
 自分との違いを認め、どう受け止め、どんな距離感で付き合っていくかを見定める必要があります。違うからといって、否定したり、馬鹿にしたり、ケンカすることはありません。
 でも、それが難しいから、大人になってもイジメがなくならないのでしょうね。

 アメリカの青春ドラマに「グリー」という合唱クラブの高校生の話があります。
 ミュージカルやロック、ポップスなどいろいろな音楽をアレンジして歌って踊るグリークラブの話なので、音楽やダンスが好きなら、それだけで楽しめます。
 ただアメリカでは、"負け犬"と呼ばれるイジメられっ子達が、自分で自分のことを認め、歌うことで自分の良さを発揮していくストーリーが大ヒットにつながっているようです。

 アメリカは人種のるつぼですから、日本と違って外見の違いに肝要かと思いきや、激しい差別とイジメがあります。
 ドラマの高校のグリークラブは弱小クラブで、人種、宗教、身体、性的指向で差別されがちなマイノリティが多く集まっていました。
 学校では、何度も優勝するようなクラブは上位に、勝てないクラブは下位に位置づけられ、グリークラブは最下位でした。社会の学校や企業や職業のランク付けと同じですね。
 そのため、グリークラブに入っているというだけで毎日イジメられます。

 外部の人間からイジメられるだけでなく、誰がソロを取るか、男女関係、自分はまだマシという感覚などで、クラブ内でもトラブルが絶えません。
 その人間関係の弱みを利用してグリークラブを潰そうと画策する先生もいて、生徒以上の盛大な意地悪のオンパレードを繰り広げます。
 そんな中、一見頼りなさそうな顧問の先生が、何とか生徒をまとめて地区大会、州大会、全国大会へと進出できるようにレベルアップさせていきます。

 シーズン2では、州大会で優勝しても学校では誰も認めてもらえず、相変わらずみんなイジメられていました。
 クラブの仲間内では、欠点をつつき合ってケンカはしても、お互いの良さを認め合う絆ができていました。ただ、自分では自分の欠点・弱点を否定したり、受け入れることができません。
 そこで、自分の欠点を受け入れるために、自分の嫌いな所をプリントしたTシャツを作って歌うことになりました。

 ドラマのヒットによって、アメリカではドラマのパフォーマンスを再現するライブツアーが行われました。
 そこには、自分の欠点をプリントしたTシャツを着たファンがたくさん集まってきました。
 ドラマのいろいろなキャラクターから勇気をもらったという人がたくさんいて、今まで自分が嫌いだったけど、これが自分だと認められるようになった、と言う人もいました。

 イジメは、イジメる子が悪い、イジメられる方も悪い、親が悪い、学校が悪い、社会が悪いと言い合ってもなくなりません。
 イジメをするような卑怯な人間を育てないように、自分以外の価値観を受け入れる教育をする必要はありますが、親や教師に様々なランク付けの習慣や差別意識がある限り簡単にはいきません。
 イジメられても自分の人生を捨てないような人間に育てるためには、自分の長所も欠点も認めて受け入れ、どうしたら自分で自分の人生を楽しくしていけるか考える力をつけることです。
 自分の人生の主役は自分なのですから、他人にコントロールされることはありません。
 例え親でも自分の人生はコントロールさせない、という強い意思があれば、他人に人生を壊されることはありません。

 人生にはいろいろなことがあるので、自分の思い通りになるわけではありません。
 そのことも教えていく必要があります。
 生まれてから何十年も何のトラブルもなく過ごしてこられたという恵まれた人もいるかもしれませんが、普通は何らかの問題をクリアしながら今があるはずです。その体験は恥ずかしいことではなく貴重なことなので、子どもに伝えていくべきです。
 うちなどは常にトラブル続きで、どう対処していくかの連続でしたから、子どもも学校でイジメがあっても、気を遣って申告しなかった可能性もあります。
 何かが起こっても、どうやり過ごすか考え、体を張って対処すれば大抵は何とかなる、ということは親が身をもって教えていくしかありません。

 そして、世の中には楽しいことがたくさんあるってことも教えたいですね。
 うちでは、勉強はいろんなことを楽しむためにやるもの、と教えています。
 例えば、イギリスのコメディを楽しむには、イギリスの文学や芸術や歴史を知らないとジョークの半分も理解できないから面白さが半減します。モンティ・パイソンを見たければ勉強しな、という調子。
 安定した職を得るため、上位の学校に行くため、塾で良い成績を取るため、と自らランク付け社会に浸かるために勉強するなんてナンセンスです。
 面白い!と思えることを増やすために勉強はするのです。

 自分の人生を楽しむために生きていれば、イジメをするような人間の相手をする暇などありません。こっちから無視するか、法に訴えるか、関わらずに済むようにケリをつける方法を考えましょう。
 その方法を見つけるために、ドラマや映画や小説やマンガを親子で楽しむ、というのも良いのではないでしょうか。

続きを読む 0 コメント

教室に申し込みをされる前に

教室の扉を開くと、きゃっきゃとはしゃぎながら子ども達が入ってきます。
「何がそんなに嬉しいの?」と聞いても、
「べつに~」という返事で笑い合ってます。

そんな様子をいつも見ている息子は、
「ここの生徒おかしいだろ。なんでこんな教室に嬉しそうに来るんだよ。
大学で教わる教え方の悪い見本だらけだぞ。
あんな小さな子にあんなキツイ言い方で教えて!」
と私には非難の、生徒には不審の目を向けます。

そりゃね、声は大きくて、普通にしゃべっても喧嘩腰、と言われてますよ。
弟の声はもっと大きくて、姉弟で議論してると、
「あれ、喧嘩してるの?」
と知り合ったばかりの人は怪訝そうに言います。
すると、よくわかってる人が解説します。
「いや、あれはまだ普通。喧嘩になったらあんなもんじゃないから」

普通に指導していても、静かな環境で育った子には刺激的でしょう。
何度でも同じことを聞いて来たり、同じことを注意されたりする子がいると、どんどんきつい口調になります。
怒鳴られたことのない子は、そばにいるだけで耐えられないでしょう。
中には、わざとやってる?怒られたいんじゃないの?と思える子もいて、いくら怒鳴られても、とにかく構ってほしい、という子もいるのです。

怒られることを喜ぶ子もいれば、わからないことが悔しかったり、できるところまでやるように、と少し遅くまで残すだけで泣いてしまう子もいます。
あ~あ、また泣かしちゃったよ、保護者はどう思ってるかな、と心配もしますが、
「なんでうちの子を泣かすんですか!」
と言われたことが20年間ないのが不思議なくらいです。
理解ある保護者がきちんとフォローして次もきちんと通ってきてくれて、ホッとします。
そんな子ほど、だんだん逞しくなり、めきめき上達してきます。

最近絵本教室も始めて、幼稚園教諭の指導を見ていると、常にニコニコ笑顔を崩さず、歌ったり、いろいろな技を使って注目させるので感心します。
幼児は、口で注意しても無駄、できないのが当然、余計な間を作ると何をするかわからない、泣かせたらかえって面倒、という大前提があるからだそうです。
「あれじゃあ、家に帰ってまでニコニコしてられないで怒りたくもなるね」と言うと、
「でしょう?他人の子だからできるのよ」という返事。

うちの教室では、年長さんから大人まで、みんな一人前扱いです。
老若男女の差別なくキツイ指導なので、エコヒイキはありません。
何でもできることが大前提なので、できるはずのことをいつまでもできないと言うと怒ります。
「自分でできないと思うからできないんだよ」というのが基本スタンス。
わからないことは何度でも教えます。
どうしてもできなければ、もう一度できるところまで戻ってやり直します。
できるようになってから、少しずつ難しいことに進むので、やってできないわけがありません。

中には、どうしても自分に自信が持てないで、毎回やり方を確認してきたり、できるのにわからないと言ったり、自分ができることに確信が持てない子もいます。
「大丈夫!できるから!」
と何度も言ううちに自分でやるようになり、一度自信を持つと目覚ましい上達ぶりを見せたりします。

怒声とも言える大声で指導されながら、ニコニコしながら帰っていく不思議な生徒がたくさんいますが、誰でも合うとは限りません。
そのことは重々自覚していますので、入塾申し込みの前には、必ず見学または体験をしていただきます。
そのうえで、保護者ではなくご本人の判断で大丈夫そう、と思われた場合のみ申し込みをお願いします。

0 コメント