親と子どもの時間・2011年

浜辺の歌

♪朝(あした)浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍
ばるる

テレビCMで懐かしい歌が流れてきました。
小さい頃両親に歌を教えてもらった風景を思い出しました。

3坪ほどの小さな本屋のついた6畳一間に両親と弟と住んでいて、夜の縁側で、父がハーモニカを吹いて、母が歌ってました。
お店から歌の本を持ってきて、当時の学校でも習わないような、戦前の小学校唱歌や童謡などを家族四人で歌った記憶があります。
「おぼろ月夜」や「箱根八里」などは、確実に親から習った歌です。

両親は、音楽だけにはコンプレックスがあったために、子どもの幼稚園の習い事にはオルガンとバイオリンを選んだ、と言っていたことがあります。
それでも、父は海軍で覚えたというハーモニカが伴奏付きで吹けるほどで、音符は読めなかったと思いますが、いろんな曲を吹いてくれました。

私は、子ども時代に戻りたいと思ったことはまったくなく、早く大人になって自由になりたい、とずっと思ってました。
小2くらいから店番などの手伝いもし、10年前に店をたたむまでずっと本屋を手伝っても来ましたが、怒られてばかりいる子ども時代でした。

弟はずいぶん可愛がられ、両親に叩かれたことはないと思いますが、弟と喧嘩しては叩かれ、生意気なことを言っては叩かれてました。
両親が夫婦喧嘩をすれば八つ当たりをされ、たまったもんじゃありません。

まあ、自分で思い返しても生意気で可愛げがなく、幼児期から、たとえ家族でも人前じゃ絶対泣かないぞ、と決心してたので、縁側から叩き落とされても親をにらみ返してたくらいですから、腹立たしいことこの上なかったことでしょう。

弟の方はすぐに泣くので、叩くどころか、ろくに怒られもせず、そのしわ寄せが私に集中してたのでしょう。
泣けば逃げられるというのは弟の作戦でしかなかったのですが、そんな卑怯くさい手を使ってたまるか、と思って、どんどん強く生意気に可愛げなく育ってしまいました。

それでも、時には家族仲良く歌を歌って過ごしたりしてたんですね。
そのせいか、いまだに喧嘩が絶えない弟とも、共通の趣味の音楽は多く、
中学生くらいまで、一緒にレコードを聴いたり、歌ったりしてました。

家を建て直して部屋数が増えて、縁側もなくなってから、11歳離れた妹が生まれました。
家族五人になってから、家族みんなで歌を歌ったような記憶はありません。
一間しかない小さな家で家族が寄り添って住んでいたからこその思い出です。

妹とは、二人で歌った記憶しかありません。
妹が赤ちゃんの頃は、背負って寝かしつけながら、「ゆりかごのうた」を歌ってあげたりしてました。
中学生くらいまで一緒に幼児番組も見てたので、新しい童謡もずいぶん覚えました。
バナナン、バナナン、バナナ!
と踊りながら歌ってたら、親が通りかかって、
「いい年して何バカなことやってるの!」と怒られました。

長女が生まれ、おすわりができる頃、最初に与えたのは歌の絵本です。
コンコンコンコン、クシャン!
など擬音の多い歌で、きゃっきゃと喜んでました。
「あめふりくまのこ」とか大好きな歌がいっぱい入ってて、人形の写真がかわいい絵本は、長女のお気に入りでした。

赤ちゃんと親が一対一の場合、会話も成り立たず持て余すこともあるでしょうが、しゃべれないうちでも歌ならわかります。
手遊びをしながら一緒に歌えば、大喜びです。
一緒に歌いながら踊ったって、怒る人は誰もいません。

成長と共に子どもに望むことが増えていって、いろんなことをやらせなきゃ、と思うことも多くなりますが、子どもが将来どんな原風景を持てるかは親次第です。
贅沢な食事をしたり、豪勢な旅行に連れて行くより、案外普段の生活の中で、一生心に残る風景が作られていると思います。

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子どもに望むこと

親が子どもに望むことは、親の価値観によって様々でしょう。
自分の人生が成功していると自信があれば、自分がやってきたことをやらせ、同じような人生を歩ませたいと思うでしょう。
思い通りの人生ではなかったと思う人は、自分ができなかったことをやらせ、まったく違う人生を送ってほしいと思うでしょう。

ところが、子どもは親と同じ価値観を持つとは限りません。
親が成功したと思った人生を嫌ったり、親が仕方なく続けていた職業を継ぎたいと思う子どももいるかもしれません。
子どもは親とは別の生き物なので、自分が産んで育てても、何考えてるか理解できないことも多々あり、絶対思い通りにはならないものです。

一番に望むことは、親より先に死なないでほしいということ。
二番目に望むことは、自分の力で楽しい人生にしてほしいということ。
子どもに望むのはこの二つです。

人の役に立つ立派な人になってほしいとか、人に迷惑をかけないようにとか、有名になってほしいとか、金持ちになって親に楽させてほしいとか、親自身ができていないようなことは望みません。
どんな仕事でも、普通に仕事をきちんとこなしていれば、多少なりとも誰かの役に立っています。
人様にまったく迷惑をかけずに生きることは不可能ですから、お世話になった人には感謝し、代わりに自分ができることでお返しすれば良いでしょう。大きな迷惑をかける犯罪的なことをして楽しいと思える人間なら存在価値はありません。

自分の人生を楽しむためには、好きなこと、物、人を見つけることが必要です。
子どもに好きなものを見つける力をつけてあげるのが、親の教育の基本だと思います。
勉強や運動は、将来の出世や経済的成功のためにやるのではなく、好きなものを見つけ、大切にし、楽しむ能力をつけるためのものです。
たくさん好きなものを見つけるには、いろいろな知識をつけ、視野を広げ、探求していく必要がありますから。

好きなものを楽しむには、ある程度精神的、経済的ゆとりも必要です。
最低限生きるためだけに時間一杯仕事をしていては、人生を楽しめないでしょう。
逆に、経済的にも時間的にもゆとりがあるのに、好きなものが何もないという人も楽しい人生とはいえないでしょう。

親自身が好きなことがないと、子どもに好きなことの話をすることもできないし、感動も共有できません。
楽しい過ごし方もわからないので、勉強をさせることしかできないでしょう。
親も自分自身の時間を大切にし、自分の好きなことを楽しむことで、子どもに好きなことの話をすることができます。
別に同じ趣味を持つ必要はありません。それぞれに好きなものを認め合って、感動した話、面白かった話、楽しかった話をすることで、いくつになっても親子の時間を楽しめます。

子どもにいろいろな習い事をさせて好きなことを見つけさせることもできますが、基本的には子ども自身の時間を大切にしてあげて、親の予定ですべての時間を取り上げないことです。
必要最低限の学校の勉強などは最短時間で終わらせるようにして、あとは好きなことをして良いことにすると、やるべきことは集中して片付け、自分の好きなことに夢中にもなれます。

子どもが夢中になることに親が理解できなくても仕方ありません。危険性のない限り、邪魔をしないで存分に熱中させることです。
例えば、男の子のカード集めには到底理解しがたいものがあります。たかが紙切れにお金をかけて大量に集めて大切に保管して、お金と時間の無駄としか思えません。
でも、それが将来の資料収集や書類整理の能力につながるかもしれません。
それに、女の子のかわいい物集めには理解を示してしまうので、安易に親の好みで子どもの趣味を批判はできません。

親がすべきことは、子どもが夢中になることを否定することではありません。
子どもが好きなことから、さらにいろいろなことに興味を広げる手助けをすることです。
飽きたから次々に別のものに移るのではなく、好きなことを大切に育て、さらに発展させていくことで新しい発見につながるようにすることです。
それは、研究とかアイデアを出すなどいろいろな仕事をするうえでも必要な能力です。

漫画家を目指しててフリーターの長女、ミュージシャンを目指して中々教職免許が取れない長男、女優を目指しつつ教職免許や学芸員などいろいろな資格を取ろうと欲張る次女など、どれも成功確率の非常に低い子どもたちばかりで、早く資金提供を打ち切らなくては限りなく自分の老後が不安なこの頃です。
でも、育てたように育っただけなのだから仕方ありません。
それぞれに好きなことがたくさんあって、家族で話題は尽きないし、親がいなくなっても兄弟で何とかやっていってくれそうなのが唯一の救いです。

成績のための勉強や仕事のための勉強だけしていると、経済的に余裕のある生活ができるようになってもお金の使い道がわからず、人生を楽しめなかったり、間違った使い方をして大失敗することもあります。
人生には何が起こるかわかりませんが、何が起こっても対処し、適応し、楽しみを見つけて生きていってほしいし、自分もそうありたいと思います。

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身近な被災者

先日、震災でお父さんが犠牲になった生徒が、引っ越しのためやめていきました。
最近お休みが多いとは思ってましたが、震災以降もいつも通り黙々とテキストを進め、四級のテストを受け始めたところでした。
東京からも出張や旅行で現地にいて、多くの方が被害にあっただろうとは思っていましたが、こんな身近に犠牲になった方がいらしたとは思いもしませんでした。

買占め、停電、原発からの避難などで大騒ぎしていた、直接被災とは隔絶した雰囲気の中で過ごすのは、どんなにつらかったことでしょう。
さらに、一生懸命頑張ってきたことをあきらめ、まったく別の環境で新しい生活を始めなければなりません。四年生の男の子なので、きっとお母さんに気を遣って自分の気持ちを我慢し、支えになってあげることでしょう。

いつも通りに淡々と帰っていく姿に、こちらも淡々と見送るしかできませんでした。
そろばんに真面目に取り組んできた姿勢から、これからも自分の能力を信じていろいろな事に真面目に取り組んでいってくれると思います。
新しい環境でも、自分とお母さんを大切にして、少しずつ楽しいことを見つけていってくれたら良いと願っています。

今回の震災は、多くの人に、自分や家族や身近な人々について考え直す機会を与えてくれました。いつ自分がどうなるか、家族や身近な人がどうなるかわからない、ということを誰もが思い知らされました。
そして、自分がどう生きていくべきか、家族や周囲の人々とどう関わっていくべきかを見直したことでしょう。

指導者としては、限られた期間で悔いのないように一人ひとりの能力を最大限伸ばしてあげたいと思います。
早く進む子も、ゆっくり進む子も、自分で自分の能力を大切にして自分なりの方法で伸ばすことを身に付けていってくれることが目標です。

こんなキツくて乱暴な指導でゴメンネと思いつつ、全員に目を配りながら採点して、間違いから指導すべきことを見つけ、教えた通りの方法でやっていないと叱りつけてます。
怒られてばかりいても嬉々として通ってくれる生徒が多くて不思議ですが、教育熱心なあまりの態度なんだろうと、子どもの方が大人の流儀で理解してくれているようです。

両手を使う習慣、習ったことを基本通りに繰り返すこと、短期目標を達成しつつ長期目標に近づいていくことなど、様々なことに通じる習慣を身に付けていってほしいと願ってます。
そのために厳しい教育方針を変更するつもりはありません。
それでも、いつ突然の別れがやってくるかわからないので、毎回最後には全員一人ひとりに、元気よく「さよなら!」と声をかけてあげようと思います。

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価値観の変化

昨年の秋、兵庫の父の実家が全焼しました。
画家をやっている還暦を過ぎた従兄が一人で住んでいますが、夜明け前の出火で、取るものもとりあえず逃げ出したそうです。
古い農家で、りっぱな梁を活かして個展もできるアトリエに改造し、絵画教室などもやっていました。

大した財産があるわけでもないから、命が助かっただけで良かったとは思いましたが、商売道具である絵の道具や作品がほとんど焼けてしまいました。
本人が、死んでも芸術的価値は絶対出ない、と言い切っている作品なので、一般的価値は低いかもしれませんが、日本全国の風景画や静物画をたくさん描いてました。買えないけど形見にちょうだい、と予約してた絵もなくなりました。

どうしても画家になりたくて二十歳頃家を飛び出し、二十年間行方不明になってた人で、独学で絵の勉強をして、うっかり知人に発見された時には都内で小さな個展を開いて絵が売れるくらいになってました。次々と消えていく全国の煉瓦造りの建物を描きためたりもしてました。

それなのに、持ち出した作品は、水彩画が何枚か入った箱ひとつだけ。
あとは、様々なデータの入ったパソコンと、近所に住む90歳過ぎの二人の伯母が大切にしていた祖父の遺品の入った箱をひとつ、次に位牌を取りに行こうとしたら焼け落ちてしまった、という話です。

「はあ?時間があったなら、どうして油絵の一枚も持ち出さなかったの?商売道具失くしてどうやって生活するの?」と言うと、
「仕方ないよ。軍服や明治天皇からもらった賞状が伯母ちゃん達の生きがいなんだから」
「いくら何でも、甥の命さえ助かれば良かったって言ってくれるでしょ」
「いや、位牌はなくなったのかって言われた」
「・・・・・」

太平洋戦争、自宅前の川の何度もの大氾濫、阪神大震災などをくぐり抜けてきた伯母達は二人とも、三人の子どものうち一人に先立たれています。
たくさんの苦労を乗り越えて、90歳過ぎてなお口も体も達者な伯母達ですが、今回の東日本大震災では、さすがに価値観が変わるのではないかと思います。
位牌どころか、家も家族も町ごとすべてが海に飲み込まれてしまったのですから。

一家揃って津波に飲み込まれながら、家族全員が奇跡的に再会できた人たちは、全ての財産を失っても家族が揃ったことだけで幸せをかみしめたことでしょう。
喧嘩ばかりしていた兄弟も、ろくに話をしなかった親子も、再会できたことで抱き合って喜んだことでしょう。

逆にたった一人だけ残された人たちもたくさんいます。小さな子どもから高齢者まで、財産だけでなく家族まで全て失った人も、生きていかなければなりません。
一人だけ残されるくらいなら生きていたくない、とは誰もが思うことですが、望んでそうなる人はいません。
自分の生活を立て直しつつ、家族を探し回り、見送るという、とてつもなく心労の絶えない毎日が続きます。

そんな被災地でも、子どもたちが笑って遊んでいるのを見るとほっとします。
満ち足りた衣食住の環境を失って、不自由な生活が続いても、きちんと生きています。
飢餓に苦しむ国の子ども達が、些細なことで笑顔になるように、日本の子どもたちも強くなれるのかもしれません。
つまらないことでストレスをためてイジメをしたり、自殺をしたり、という現象が減るかもしれません。
価値観の違いから話が合わなくなっていた親子も、お互いの価値観の違いを認め合えるかもしれません。

世界中からたくさんのいろいろな支援もありました。
各国のいろいろな思惑はあるでしょうが、自然災害という共通の敵が現れると、多くの国が協力し合えるのです。
地震大国で、防災対策も万全のはずの日本での大災害は、世界中の人々にとっても衝撃が大きかったはずです。
このまま世界が一つになって、戦争がなくなるかもしれない、と想像する人は、確実に増えると思います。

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今すぐ誰にでもできること

東北地方太平洋沖地震が起きてから一週間以上たっても、東京でも毎日のように揺れを感じています。新潟や静岡では、本来なら大々的に取り上げられるほどの大きな地震が起きているにも関わらず、津波の被害や原発のニュースにかき消されています。
そのため東京では、買占めだ疎開だと浮足立った騒ぎが起きています。

被害の大きい地域では、今すぐにも死ぬか生きるかという状況にあり、被災していなくても現地に親類・縁者がいる人にとっては、安否が確認できるまで不安の毎日です。
会社の宮城出身のスタッフも、実家や親類全員の安否が確認できるまで、一週間毎日何十回も電話をかけ続けました。どうにか安否確認ができ、ネットに安否情報を書き込むと、まったく知らない人から電話があり、親類の安否を伝えると号泣されたそうです。

直接被災していない地域の人間ができること、すべきことは、可能な限り通常の生活を継続することです。余分な買いだめをせず普通に計画的に買い物をし、無駄な水道光熱費は節約し、過度に閉じこもることなく、普通の経済生活を続けることです。
そのことで、子どもには余計な不安を与えず、多くの商売が普通に売り上げ、経済が停滞することを最小限に抑え、まわり回って被災地への物資供給や援助金にもつながります。

■支援活動
ボランティア精神とか親切心とかには無縁の我が家ですが、被災地に知人の多い長女は、地震の翌々日、少しでも何かしたいと義援金を送ったそうです。
次女は、サークルで中止になった合宿費を寄付すべき、という意見があり、返金してもらわないと困るけど、反対して村八分にされたくはない、などと言ってます。

募金だとかボランティアのような支援は、したい人ができる範囲ですれば良い話で、強制される筋合いのものではありません。
まして、良い人に思われたい、悪い人と思われたくない、などという打算でする行為でもありません。
きちんと正当な額の税金を払い、自立した生活を送っている人が、可能な範囲で協力することです。不安定な収入で、いろいろな控除を受けたり支援を受けている場合は、まず自分の生活を確立することで初めて、援助される側から援助する側になれると思います。

ただ、本当に少しでも何かしたい、という気持ちがあれば、それも大切にしていきたいですね。
マザー・テレサは、裕福な家庭から貧しい地域に飛び込んで感動したのが、わずかしかない食糧を隣近所で分け合った上にマザー・テレサにも分けてくれたことだそうです。
善意の押し売りでも偽善でもない、自然な行為としての支援活動ができるようになりたいものです。

■節電
急に節電にうるさくなった長女に、普段一番細かく節電している長男は切れてます。
今まで電灯やエアコンをつけっぱなしで出かけてた姉にだけは言われたくない、と。
まあ、今まで電気の無駄遣いにイライラさせられていたのだから良かったじゃない、となだめてますが。

計画停電が導入され、通常の経済活動に大きく影響していますが、電気の重要性や利用の仕方を見直す機会も与えられました。
IT関係の仕事をしていると、パソコン類の電源はほとんど一日中つけっぱなしで、昼も夜もけじめのない作業をしています。何時から何時まで停電だとなると、それまでに集中的に作業を片付ける必要があり、逆に効率は上がったようです。
困るのは直前まで停電の実施がわからないことで、せめて一週間前までに予定が確定されていれば、取引先に予告もでき経済活動への影響は減ると思うのですが。

■情報
災害時に一番大切なのが正しい情報です。
被災地で一番不安なのは、情報が入ってこないことです。
災害情報をテレビやネットから得ている人達は、正否入り混じった情報の氾濫に混乱させられます。

関東大震災で一番悲惨なのは、デマによるリンチ殺人でした。
今回は、原発の情報が関東からの脱出騒ぎに発展しています。
募金など支援をネタにした詐欺やチェーンメールも横行しています。
情報は、正しく扱わないと凶器にもなりかねないものです。

地震対策に関しても、正しい知識を持って情報に接していれば、買い物欲を煽られることもなく、落ち着いて行動できます。
原発についても、放射能、放射線、発電所などの知識を持って情報を収集すれば、過度の不安を煽られることなく、冷静に対応できます。

知らないということは不安の元で、正しい情報の取捨選択もできず、噂やデマに右往左往させられます。。
まず、知らないことはきちんと調べて基礎的な正しい知識を得た上で、いろいろな情報に接することです。
そのうえで、知っていると思っていることで固定観念を持たないことも大切です。

今回の津波は、様々な災害想定を大きく上回り、想定通りに避難したにも関わらず犠牲になった方もたくさんいます。
逆に、想定内の揺れではないと体感して、避難場所よりさらに高い所へ逃げて助かった方もいます。
運命としか思えませんが、的確な状況判断で津波から必死に逃げ切った子どもたちの話は感動的でした。

■楽しく過ごすこと
今、子どもがいる家庭で一番気を付けてほしいのは、子どもを不安にさせないことです。
テレビでは連日悲惨な被害状況や原発の事故状況ばかりが流れ、コマーシャルもなくなりました。そんな中、大人たちが情報に振り回され不安を煽られるままに行動すれば、子どもたちはさらに不安になります。
大人たちは、可能な限り通常の生活を淡々と送ることで、子どもたちを安心させてあげてほしいと思います。

災害では、老若男女関係なく犠牲になります。
誰もが、いつどこでどうなるかわかりません。どんな別れがあり、どんな最後が来るかわかりません。
そんな時のためにできることは、自分が大事だと思う人、大事なもの、大事な事を、精一杯大切にしていくことだと思います。
自分のための時間も大切にしつつ、家族や友人、知人と、できるだけたくさん楽しい時間を過ごしたいものです。

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