親と子どもの時間・2008年

子どもに嫌われるのが怖いですか?

「たけしの日本教育白書2008」という番組で、今の親子関係の問題点を考えさせられました。

今の親子関係で一番ビックリしたのが、なぜこんなにも気を遣い合っているのか、ということと、子どもに嫌われることを怖がり過ぎている親がなんて多いのか、ということです。

子どもへのアンケートで、親とは友達のように仲が良いけど、何でも話せるわけではない、という意見が大部分でした。
当然でしょう。恋愛とか思春期の悩みを、何でも親に話せるなんて、ちょっと気持ち悪い。それより、何でも打ち明けられる友達を作りなよ、と思ってしまいます。
ところが、親に言えないというのは、そんな真剣な悩みではありませんでした。
親が作った料理がまずいとか、親が傷つくようなことは言えない、などという異常に親に気を遣った、なんということはない内容がほとんどでした。

「これまずい」とか言われたら、一発叩いて「それなら何も食べなくていい!」と言えば良いのでは、と乱暴な親は思ってしまいます。

親も子どもも、お互いに嫌われるのを異常に怖がっている感じがします。
子どもが親に気を遣って嫌われないようにするのは、生きていくための本能みたいなもので、小さい頃は誰でも親の顔色を伺うものです。

でも、親が子どもに嫌われないように気を遣い、ご機嫌を取ってばかりいたら、教育なんてできるはずありません。
褒めるのが一番の教育、としか教育評論家は言いませんでしたが、ダメなことは絶対ダメ、と言えなくてどうやって躾をするのでしょう。
時には、どんなに嫌われたって言うべきことは言わないと、親の本気が伝わらないと思います。

岡山駅から見知らぬ男性をホームから突き落とし死亡させた少年の父親が、子どもを犯罪者にしないための参考になればということで、インタビューに答えていました。
両親が揃ったきちんとした家庭で、しかもお父さんは子どもの面倒も良くみて、たくさん遊んであげていたそうです。我が家から見ると、羨ましいような家庭環境です。

ところが、いじめにあって、いくら抗議してもやめないので、親が家の中で守ってあげることにしました。
一切の友達から切り離し、マンガやゲームなど家の中でも退屈しないように気を遣い、時間があればお父さんも遊びに付き合います。
少年にとっては、お父さんが一番の支えで、絶対的信頼の対象でした。

高校に入学して、学校には通い出したものの、他人との付き合いにブランクがあったため、なかなか友達はできなかったようです。
そのため、勉強に熱中し始めます。
そして、東大などトップの大学を目指すようになります。

お父さんは、農業高校からトップの大学を目指すのは無理だと思いつつ、ずっと本音を言えず、見守ってきました。
そして、受験勉強に苦しむ息子を見かねて、「もう頑張らなくてもいいんじゃないか」と言ってしまいます。
この何気ない一言が、少年にとっては、大好きな父親から見放された言葉となって胸に刺さり、受験をあきらめ、犯罪のきっかけの一つとなります。

せっかく勉強に夢中になったなら、できるところまでやらせれば良いでしょう。
好きなところを受験して、ダメだったらあきらめるか、もう一度チャレンジするか、本人が選べば良いでしょう。
不合格になって落胆させたくないとか、無理に頑張り過ぎて病気にでもなったらとか、親が先回りして子どもの失敗を阻止することはないでしょう。
失敗しなければ、何の学習もできないし、何の進歩も望めません。

今の世の中、自分の子どもだけは絶対犯罪者になるはずがない、と自信を持って言える親は少数派です。
できるだけ成功者にしたい、快適な人生を送らせてあげたい、などいろいろな理想を持って子育てをしていても、空回りすることもあります。
親の思い通りに育たないことも多々あります。
誰も、他人に迷惑をかけるような人間や、犯罪者を目指して子育てしてるわけではありません。
それでも、無差別犯罪は後を絶ちません。

親は、ぬるま湯のような親子関係を守るだけでなく、子どもが自分で生きていける力をつけるために本気になるしかありません。
普段はだらしなくて頼りない親でも、いざという時は、本気で叱り、本気で守り、親はいつだって体張って育ててるんだぞ、ということを見せる必要があると思います。
嫌われたって、何されたって怖くないって度胸を見せることも必要です。

番組では、ソフトボールで金メダルを取った上野選手のお母さんが良かったですね。
お父さんがアメで、お母さんがムチのバランスの取れたご両親で、お母さんは嫌われ役を常に買って出ているようです。
「嫌われるのなんて、慣れているから全然平気」
と非常に潔いお母さんでした。

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子どもの運動会

高三の次女の運動会を見てきました。
部外者には、高校の運動会まで見に行くなんて、過保護じゃない?とか言われたりしますが、最後なので、ほぼ最初から最後まで見ました。
高三全体のダンスは高二から練習しているそうで、
「クイーンの曲が入ってるんだよ」
と言われ、これは来てほしいってことかな、と思ったもので。

運動会が唯一の見せ場だった長男は、高校になったら
「もう来なくていいから」
と言ってたのですが、高三の運動会が雨で順延のため行かなかったら、
「なんだ、来なかったのか」
などと言っていて、なんだ、本当は来てほしかったのか、と思いました。(男の子って、素直じゃないんだから)
運動会なんて高三で最後なんだから、走る姿を見ておけば良かった、と後悔しました。

次女の学校の運動会は、女子校らしい華やかさと、女子校とは思えない面白さがあります。
騎馬戦や棒たおしなど、男子校並の激しさで戦ってます。
部活の宣伝を兼ねたリレーでは、弓道、剣道、柔道などのパフォーマンスや、演劇部のお姫様抱っこをしながら走る王子様などで、たくましさを見せてくれます。
さすが、年に何回も痴漢をつかまえる生徒が出るだけあるなあ、と感心します。
昼休みは、ダンス部や吹奏楽部が楽しませてくれます。
しかも選曲が、ELP、アバ、クイーンなど懐かしいロックが多いので、嬉しくなります。

見せ場の一つが、高三全体競技の、一年以上かけて練習してきたダンスです。
ダンス部の生徒が中心になって、選曲、振り付け、振り付け指導までするそうで、ダンスなど無縁の生徒にまでかなりの完成度を求められるそうです。
特に今年のダンスは完成度高いよ、という前評判通り、なかなか楽しませてもらいました。

ただね、群舞なんだから背の順に並んでくれれば、見栄えも良くて、こっちにも便利だったんですけどね。
やっとどこにいるか見つけた我が子も
「あれ、消えた」
と思ったら、頭一つ大きい友人の間にはさまれてました。
背の順だったら、探す必要もなく、全身を邪魔されることなく見られたのに・・・

あんな小さくても、もうすぐ高校も終わりで、運動会を見るのも最後なんですよね。
長女の保育園から20年間、運動会、学芸会、展覧会、入学、卒業(これはまだ残ってますが)など、三人分の行事に追われた生活も、終焉が近づいてます。
仕事の忙しいときは調整が面倒なこともありましたが、これも過ぎてみればどうってことありません。
今の子どもの姿は、今しか見られません。
もっと見てあげれば良かった、と後悔することがないように、極力見ておくようにすれば、子離れも心おきなくできるはず、です。

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地下鉄(メトロ)に乗って

少し前に、テレビで映画版「地下鉄(メトロ)に乗って」を見て感動して、浅田次郎氏の原作を読みました。

地下鉄を通してタイムトラベルをするというSF的要素のある、親子の確執と恋愛の切ないお話です。
戦後一代で大企業を築いた横暴な父親に反発する主人公と不倫相手の女性が、地下鉄や夢を通して何度も戦時中と戦後の過去に運ばれ、過去で親の意外な姿を見せられます。
女性は、主人公が同居している母親と妻子を捨てられないことを悟っていて、淡泊な態度を取りながら何年も付き合ってきました。
過去を知り、二人が出会ってはいけない関係だったことを知ります。

その女性が、自分がお腹にいる、臨月の母親に質問します。
「私を産んでくれたおかあさんの幸せと、私の愛したこの人の幸せの、どっちかを選べって言われたら?」
その母親の答えは、
「親っていうのは、自分の幸せを子供に望んだりはしないものよ。そんなこと決まってるさ。好きな人を幸せにしてやりな」
その結果、
「ありがとう、おかあさん。ごめんね」
と言って、自分や自分の母親の幸せよりも、愛する人の幸せを最優先する道を選びます。

親子関係だろうと、男女関係だろうと、自分の欲や幸せよりも、どれだけ相手のことを考えられるか、というのが本当の愛情ですよね。

 

先日、母方の叔父が母の所に用事で来ることになりました。
叔父の孫に、うちの次女と同級生の優秀な女の子がいるのですが、
「また自慢されるよ。うちには自慢できるような優秀な孫がいないもんかね」
といつものように母は嘆きます。
幸か不幸か、大人の虚栄心の種になるような子どもは我が家にはいません。

それでも、劣悪な家庭環境に対する愚痴は一切言わず、
それぞれに好きなことを見つけ、生まれて良かったと思ってくれて、
家ではだらしなくても、外に出ればきちんと大人の対応ができているようだし、
お互いに無関心を装いながら、三人でにぎやかにしゃべってて仲良さそうだし、
親が死んでも、いざとなったら三人で助け合って生きていってくれそう、
というのが親としては自慢です。

親の方も、自分を犠牲にしてまで献身的に子育てしてきたわけではないので、
子どもに多くのことは望めません。
何も残せないけど、できるだけ子どもに頼らない自立した老後を目指すから、
子ども達にも親に頼らない自立した人生を望むばかりです。
できれば、多くの人と知り合い、損得抜きでつき合える関係を築き、
自分も他人も、常に楽しくさせることができる人間になってほしいと思ってます。

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夢中になれること

今年も、次女(高三)と毎年恒例の親子旅行に行って来ました。
(受験勉強中にもかかわらず)
次女の希望が「犬山城」だったので、ついでに近くの「明治村」にも行って明治時代の勉強もしてくることにしました。
(古代と戦国時代と幕末にしか興味のない次女は無関心でしたが)

犬山城は、小さいけれど、日本で数少ない天守閣まで現存する国宝級のお城だけあって、急な階段や部屋の造りまでリアルでした。
「小さっ!これ銀閣寺?」
とか言って親がからかっても、次女は感動しまくりでした。
「すごい!これって平城じゃなくて、平山城だよね?」(そんな専門的なこと知らないし)
「ここから石を落としたのかあ。本当に戦いに使ったって感じだよね。こんなお城欲しいなあ。」(まるでお城マニアのおじさんみたい)

一番の目的の犬山城巡りは初日にあっという間に終わり、親の目的の明治村に一日半を費やしました。
明治なんて好きじゃないけど、親に付き合ってやるか、程度についてきた次女は、ここでも感動しまくりでした。
小金井の江戸東京たてもの園で喜んでいた子ですから、その何十倍も古い建物があり、中にも解説付きで実際に入れたり、食事ができたりするのですから、喜ばないわけがありません。

夏目漱石、森鴎外、小泉八雲、幸田露伴などの文学者が住んだ純日本家屋、政治家の住居や公共の西洋風家屋、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルなど有名な建物以外にも、監獄など特殊な建物もたくさんありました。
次女が一番喜んだのが、昔の牢屋の中でお茶を飲めたことです。
お盆シーズンの特別イベントだったのですが、雑居房に二人だけ閉じ込められて、出るときは「ありがとうございました」ではなく「出所おめでとうございます」と言われました。
華麗な調度品に囲まれた西洋館ではなく、文学者達の執筆当時を再現した書斎でもなく、こんなところに喜ぶのがうちの子らしい。
(これでも史学科を目指してます)

何でも平均的にできる優秀な子ほど、好きなことが見つからないから進路が決まらないと聞きます。
うちみたいに歴史しか好きじゃないし、勉強もそれしかしない、と徹底してると迷いようもないのですが、どれも平均以上にできるけれど、これが好きだから徹底的に勉強する、ということがないと、勉強もつまらないものになります。

うちの子はアイドルにしか興味がない、ゲームばっかりやってる、マンガばかり読んでる、とよく言われますが、好きなものがあるなら止めてはダメです。
好きなことには、徹底的にのめり込ませれば良いと思います。
次女の歴史好きは親の影響というより(親は歴史や社会系が一番苦手です)、マンガやゲームの影響が大きいと思います。
マンガやゲームから興味を持って、本を読んだりネットを調べたり、どんどん興味を広げていくのです。
基本的に最低限の勉強さえやったら、あとは好きなことを思い切りやって良い、ということにすれば、いつか本当に好きなことが見つかると思うのです。
親の偏見で、そんなもの、と言って禁止したら、もしかしたら特殊な分野のパイオニアになったり、ものすごい専門家になる可能性をつぶしてるかもしれません。
そんな大成はしなくても、自分の好きなことがあって、夢中になれる人生ほど幸せなことはないと思います。

来年80歳になる母は、「千の風になって」のヒット以来秋川雅史の大ファンで、自分で何度も電話してコンサートのチケットを取った、と話してました。
誰もが、ビジュアル系追っかけの長女や、ロックバンドにはまってイギリスまで行った母親の源流は、祖母だったのか、と血筋を実感しました。
10年来乳癌やC型肝炎の治療を続けながらも、歌舞伎を見に行ったり、プリザーブドフラワーの講習に通ったり、老後を満喫してましたが、この年になって、ここまで音楽にはまるとは思いませんでした。(家にいると一日中同じCDがリピートされてます)

子どもに好きなものを見つけさせたいと思ったら、親が好きなことを見つけて夢中になって、その感動を子どもに伝えるのが一番です。
必ずしも直接的に効果が出るとは限りません。(勉強につなげようと露骨だと逆効果にもなります)
親がいろんな音楽を聴いてても、同じ曲に興味を持つとは限りませんが、音楽自体には興味を持つかもしれません。
感動した本や映画の話をしても、面白そうと言って話にのったり、実際に読んだり見たりするかどうかはわかりません。
(我が家の確率では、ほとんど3分の1です。)
それでも、長女と一緒にコンサートに行ったり、長男と海外ドラマに夢中になったり、次女と三国志のマニアックな話をしたり、と親子のコミュニケーションには困りません。

ただし、親が大人げなく夢中になることには、大抵の子どもは冷たい視線を向けてきます。
でも、子どもにとって親は「元気で留守がいい」という存在ですから、まったく気にすることはありません。
そのうち「まったくうちの親は」とあきれながらも、保護者的にあたたかく見守ってくれるはずです。

 

【明治村】

明治村ホームページ

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最悪の子育ての結末

『強育論』(宮本哲也著)に
「最悪の子育ての結末とは、親が子を殺す、子が親を殺す、です」
という文章があります。
最近頻発している「誰でも良かった」という動機の無差別殺人は、親を殺したいけど実行できずに殺意が他人に向けられた代償殺人、という説もあります。

子どもが犯罪をを犯したら、それはやはり最悪の子育ての結果だと思います。
二十代の若者が事件を起こすと、親がテレビで謝っている場面がありますが、
「もし俺が何かしても、もう成人なんだから親が出なくていいからな」
と息子は言います。
でも、二十歳過ぎてもまともな判断力も自己責任能力も身につけていないとしたら、親の責任以外のなにものでもないでしょう。

たった二十年で、的確な判断力、生活能力、社会適応力などを身につけさせて自立させるのは簡単ではありません。
実際我が家でも、扶養期限がとっくに過ぎているのに自活できず、微々たる生活費を入れるだけで好き勝手なことして居候している娘がいます。
親も、出来の悪い子に産んでしまった負い目があって、なかなか強力に追い出すこともできません。
なんとかまともな生活力が身に付くまではと、多少でも勉強意欲を見せている間は仕方ないか、と甘やかしてます。
本人も負い目があるので、主婦業の半分を請け負ってます。
(といっても、母親自身がろくな家事をしていないので、微々たる仕事ですが)
遅くとも24歳までには自立させることを目標に育ててきたのに、一人目はもう無理そうです。

先日の秋葉原の事件では、犯人がネット書き込みしたという言葉が印象的でした。
「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親に無理やり勉強させられてたから勉強は完璧。親が周りに自慢したいから完璧に仕上げたわけだ」
親の過干渉の最悪の結末です。

私も、父親に対して一番むかついたのは、小学校5~6年の頃、図工の宿題を勝手に仕上げられたことです。
ロウの直方体で、人間の頭を彫るのが宿題でした。
美術が得意だった父は、不器用に彫刻刀を使っているのが見ていられず、
「ちょっと貸してみろ」
と言って取り上げて、やり方を教えてくれるだけならまだしも、目鼻立ちの整った頭蓋骨の形まで完璧な人間の顔なんかを彫ってしまいました。
モアイ像みたいに四角い頭部に目と鼻と口らしきものがついてれば上等なのに。
こんなの小学生の作品に見えない、学校に持っていけやしない、と必死に崩す作業をしましたが、翌日、美術の得意な同級生に
「おまえ、親に作ってもらっただろう」
と言われても何も言い返せず、とてもくやしい思いをしました。

親は、子どものためとか言いながら、結局は自己満足のために余計なことをしがちです。
そのせいで子どもがどれだけ苦労するかなんて、思いも及ばないのです。
子育てなんて、親の自己満足のかたまりです。
こうしてあげたい、ああなってほしい、自分がこうだったから子どもだけは、など親の欲求のままに子どもは育てられます。
でも、一番子どものためになることは、親は極力手を出さないことです。
その方が親の我慢が必要で、忍耐力を試されますが、子どもにとっては、自分で考え、判断し、行動することが、一番能力を伸ばせるのです。

とは言っても、『強育論』の作者のように、算数の難しい問題を、やり方も教えず、質問も受け付けず、ただひたすら考えさせるというのは、かなり優秀な子どもでないと実行は難しいでしょう。
うちの子ども達では、すぐに別世界にとんでしまい算数の問題などに真面目に取り組まず、あっという間にやめさせられそうです。
子どもにはそれぞれ向き不向きがあり、能力の違いがあり、発育の仕方や時期も違います。
同じ年齢でも、兄弟でも、比較するのはナンセンスです。
それぞれの子どもが、自分で自分の能力を伸ばし、活かしていけるようにするのが教育です。
そのためには、最低限の手助けをし、能力に合わせて徐々に手を離していき、自分でやらせていくことが必要だと思います。

今は、エリート校に入学しても、一流企業に就職しても、堅実な将来が約束されるわけではありません。
そのおかげで親が子どもにレールを敷きにくくなったのは、良い傾向です。
親は、子どもの能力と生きる力を信じて、過干渉にならないように気を付け、極力手をかけないようにすべきです。
子どもは、親が思っている以上にいろんな能力を持っていますが、親が関わっている限り能力を発揮できません。
親は、子どもの成長と共に、子育ての時間を仕事や趣味の時間に移行させ、子どもだけの時間を増やすことです。

といっても、贅沢な個室を与え、引きこもりが可能な環境を提供することはありません。
自分の自由になる個室が欲しければ、自分で稼いだ収入で払える部屋を借りて独立すれば良いのです。
親と一緒に住む限りは、完全な自由はなくて当然だし、親兄弟との共同生活における最低限のルールを守る必要があります。

もっとも、環境に恵まれなければさっさと自立してくれるかと思えば、そう期待通りにはいきません。
男女混合の狭い子ども部屋で、夕方はたくさんの子ども達が出入りする教室になってて共同スペースは使えないという、うちみたいな最低な環境にあっても、早く独立したいと思わない子がいますからねえ。

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