親と子どもの時間・2007年

ハムスターの大往生

昨日まで元気に回し車を回し、外に出たがって檻によじ登り、餌を頬張り、野菜を一生懸命食べていたハムちゃん。
今日そろばん教室が終わってから、檻をのぞいて何度呼んでも、小屋から出てきません。
小屋の屋根を取ってのぞくと、丸まって動かなくなっていました。
毎回帰りにハムちゃんをのぞき込んでた生徒が、
「出てこないけど生きてる?」
と聞きましたが、
「寒いから最近なかなか出てこないんだよ」
と答えたばかりでした。

昨年9月に腫瘍の手術中仮死状態から復活してから、一年以上我が家を癒し続けてくれました。
二歳七ヶ月ですから、ジャンガリアンハムスターにしては大往生でしょう。

いつも誰かがケージのそばに近づくと、外に出してほしくて小屋の屋根に登り、二足歩行をしてました。
手の中に入れてなでていると、そのうち眠ってしまいます。
昨日は、何度も何度も外に出たがり、手の中で気持ち良さそうにしたり、眠ったり、野菜を食べたりしてました。
最後が近いのを悟って、ずっと手の中でなでてて欲しかったのかもしれません。

ペットを飼うというのは、別れが来るから毎回つらいのですが、子ども達には良い経験になっていると思います。
かわいくてたまらなくなると、親バカになる気持ちがわかるでしょうし、病気になると心配でたまらなくなり、最後の別れは何度体験してもつらいものだということを身を以て知ります。
それでも、こういう体験を積み重ねて、死ぬという事が周囲にどれだけつらい思いをさせるものか悟り、身内の死に対しては、多少の免疫をつけてつらさを乗り切れるようになって欲しいと思います。

来年は待望のネズミ年で、年賀状のモデルになってもらおうと写真を撮りまくっていました。
すぐ動くのでなかなかピントが合わず、ぼやけた写真ばかりでしたが。
それでも、何をやっても愛らしいハムでした。
最後まで年を感じさせず、かわいいままで、元気いっぱいのハムちゃんは、生き方のお手本です。

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鈍感力

今年の流行語大賞のトップ10にも入った渡辺淳一の『鈍感力』。
繊細できめ細やかな神経が尊重される日本では、図太く打たれ強い鈍感な人間は肩身が狭いのですが、鈍感な方が、どんな世界でも何をするのでも良い結果をもたらすという、鈍感な人間には嬉しい本です。

子育てだって、鈍感な方が楽で楽しくやれると思いませんか?
優秀な子どもが親の期待通りに育つなんて、そうそうありません。
きちんと早寝早起きの習慣をつけて、賢くなる食事に気をつけて、様々な能力を伸ばせる住環境を整え、ふんだんに教育費をかけられる経済力を持ち、最大限の努力で子どもの世話をして、優秀な子に育てていらっしゃる方もいるでしょう。
でも、どこの親もみんな同じようにできるわけもなく、する必要もないでしょう。
よその家庭を気にしたり、他の子どもと比較したり、成長に一喜一憂しても仕方ありません。
子どもの逞しい鈍感力を引き出し、親も神経質にならずに気楽につき合っていきたいものです。

親は、自分自身が好きな道を進み、やりたいことをして、楽しく生きている姿を見せることが一番の教育でしょう。
子どもにも、いろんなことをさせ、好きなことを見つけて夢中になれる環境を整え、自分の能力を伸ばし、活かす方法を身につけさせることです。
そのためには、テレビも映画もゲームもマンガも遊びも、年齢によってある程度親が管理しながら、やりたいことをやらせても良いのではないでしょうか?
親の趣味や好みでダメと決めつけたり、子どもがやりたくもないものをやらせたり、親の思い通りに育てようとしても、そううまくいくとは思えません。

先日、甥と次女と三人で本屋さんに行きました。
「誕生日のプレゼントを買ってあげるから、何でも好きな物を選んでいいよ」と言っても、甥はなかなか欲しい物を言いません。(うちの子ども達ならここぞとばかりに、親には絶対に買ってもらえない物を選ぶでしょう)
一緒にいた次女が
「これが欲しいんじゃない?」
と手に取ったのは、マイクで駅員さんのマネができる、いろんな音の出る電車の絵本です。
何度もその本の前をウロウロし、手に取り、滞留時間が長いので、きっとその本だろうと思ったそうです。
「どうせお母さんいないんだし、何でも選んでいいんだよ」と言っても、
「でも、お母さんがダメって言うし・・・」
確かに、まだ小一とはいえ、あまりに幼い選択ですし、多分似たような本も持ってるでしょうから、怒られそうです。でも、甥は電車が大好きで、似た本でも同じでなければ欲しくなるのもわかります。
「それじゃあ、お勉強もできる物と一緒に買ってあげる。それなら大丈夫だよ」
と言って、日本地図のパズルゲームを組み合わせてプレゼントしました。
甥はニコニコ顔でした。

教育的指導も良いけれど、ほどほどにしないと、大人の顔色をうかがう神経質な子どもに育ってしまいます。
親に時間的、経済的余裕があると、子どもの教育に熱が入り過ぎ、いろいろな習い事をさせたり塾に通わせたり、子どもの意思とは関係なく子どもの時間を奪ってしまうこともあります。
それでも、小さい子どもほど文句を言いませんし、親の期待に応えようとします。
親が好きなことを好きと言ってみたり、親を喜ばせようと一生懸命です。
でも、そういう子どもの気遣いには敏感でありたいものです。子どもの鈍感力をどんどん失わせてしまうからです。
親は、全精力を子どもにかけるなんて有り難迷惑なことをやめ、もっと鈍感に大らかに、子どもと一緒の時間を楽しんだらどうでしょう。

「これから全世界に羽ばたき、新しい時代を切り拓いていこうと思う人は、まず自らの鈍感力を確かめ、あると思う人はそれを大切に、ないと思う人はそれを養うよう、さまざまな環境にとび込み、鍛えるべきです。
そしてそのためには、なにごとにも神経質にならず、いい意味で、すべてに鈍感で、なにごとにも好奇心を抱いて向かっていくことです」(『鈍感力』より)

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「1日30分」を続けなさい!

大学受験まで一生懸命勉強して良い大学を出てもその後勉強しない人より、学歴はなくても勉強を続けることで成功する、というビジネス本ですが、勉強をする習慣のない人が、どうやったら勉強の習慣をつけられるか、というコツを教えてくれます。

この手の本は、やりたいと思うことが大事とか、精神論に終始するものが多いけれど、具体的に何をやれば良いか、という実践的な方法を売りにしています。
テレビを見る時間を減らす、通勤・通学などは電車を利用して読書や勉強時間に当てるなど、ありきたりのことも多いですが、さらに具体的に何をするか、どんな用具を使うと便利かなど、実行を促す内容になってます。

午前中は果物だけ食べるなどは、どうかなあ、とも思いますが。
別の脳関連の本では、朝食では炭水化物をとらなければ脳が活性化しないと書かれてたので、その方が説得力がありそうな気がします。

凡人には「続ける」ということ自体が難しいわけで、何度もやろうと思って挫折してることだらけです。
すると、三日坊主でも何回も続ければ何時間分か勉強したことになり、何もやらないよりマシと励ましてくれます。
今まで継続的に勉強したことはないけれど、何かやりたいと思った人に、とにかく実行させようという方針です。

ただし、やる気のない人は対象にしてません。
義務教育が終わった人に勉強を強制することはできませんし、自分が今のままで良いと思っている人には、誰が何を言っても無駄だからです。
ただ、どんなに優秀な人でも、現状のままで現在の生活が保障される時代は終わりましたし、今以上の生活を確保するためにも、誰にでも勉強は必要、と具体的な数字データも使って解説しています。

著者は現在英語も教えているということで、英語の勉強法にもページを割いてます。
勉強しなきゃ、という意識はあるものの、どうやったらよいかわからず、結局趣味の世界に走ってしまう次女にも読むことを薦めました。
「結構面白かった。
30分勉強したら15分休憩ってのがいいね」
う~ん、30分だけでそのまま趣味の世界に突入しそうだなあ・・・

一番参考になったのは、本の買い方です。
「本は一冊だけ買って、その日のうちに読み始めること」
読みたいと思った本を見つけたら、後で買っておけば良かったと後悔することも多いので、とにかく買っておくのが基本方針でしたが、積ん読が多くなります。
確かに、すぐに読み始めた本はたいていすぐに読み終わりますが、そのうち読もうと思っていると、結局読まないまま新しい本に走っています。
少し自重しなければ・・・

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キンモクセイの香り

「キンモクセイのいい匂いがするね」
と言いながら、小三の男の子が入ってきました。

自宅の玄関の前に大きなキンモクセイの木があり、窓と玄関を開け放っておくと、キンモクセイの香る秋らしい空気が入ってきます。
ちょっと前まであんなに暑かったのに、気持ちの良い凛とした空気にキンモクセイが香り、一番好きな季節です。

前の日、実家で母とお墓の話をしました。
5年前に亡くなった父のお墓がいまだに決まらず(多磨霊園の高倍率の抽選に何度もはずれて)、母はいい加減どこかにお墓を作りたいようです。
私は宗教行事に一切関心がなく、自分の時は墓も仏壇も戒名も何もいらないから、と子ども達に言ってます。
弟は、法事やお墓参りなどは一応熱心にやってますが、自分の墓はいらないから、作るなら母と二人分でいい、と言ってるようです。
そこで母はいろいろ調べ、樹木葬っていうのもあるんだって、と話してくれました。
お骨を土に混ぜ、そこに好きな木の苗を植えるそうです。

それはいいね。(墓石に何百万もかけなくて済んで)
あとの手入れもいらないし。(掃除や草取りなど、お任せとはいえ、お墓参りには必要でしょうから)
などと、不信心の親不孝者なもので、適当に答えてました。

でも・・・自分もそうしてもらおうかな・・・
キンモクセイとか植えてもらったら、秋には良い香りを広げることができるかも。

そんなことを考えながら夕飯を作っていると、次女がやってきて
「トイレ臭くてやんなっちゃう!」

「はあ~?」
長女と二人で顔を見合わせました。
「キンモクセイが臭いって、どっかおかしいんじゃないの?」
すかさず長女が非難しましたが、親としては、ここまで情操教育が欠如してたか、と唖然としました。
小三の男の子でさえ、挨拶代わりにあんな気の利いたセリフを言えるのに・・・
文芸部で小説書いたり、アフレコ部で台本書いたりしてるみたいだけど、こんな情緒のない人間に何が書けるんだろう?

小さい頃、動物園は喜んだけど、植物園は「花ばっかりでつまらない」などと言ってた子です。人体とか歴史とか、とにかく人間に関するものは好きだけど、それを取り巻く環境には関心がありません。
我が家で唯一宗教行事も好きで、みんなが忙しい時は、一家の代表として法事などに積極的に参加します。
おじいちゃんの仏壇購入にも参加してて、いらないって言うのに、親の仏壇も用意する気満々です。(まだ生きてるって!)

自然のものより、人間が作ったものが好きみたいです。
次女に死後の事は託したくないなあ。
何百万の御影石より、何百円のキンモクセイの苗がいいんだけどなあ・・・

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文化祭活動

次女の文化祭に行って来ました。

アフレコ部、文芸部、天文部と三つも掛け持ちしている上に、図書委員までやって、まさに勉強以外の活動のための中学・高校生活を送ってきましたが、今年が実質的な活動は最後(のはず)の文化祭でした。

文芸部は小説のようなものを提出して終了、天文部は夏の合宿に参加して多少展示物のお手伝いをして終了、図書委員は古本市の店番を一時間程度するだけですから、文化祭当日はアフレコ部がメインの活動です。
アフレコ部は、毎年アニメなどの動画に声を合わせて録音したものを発表します。

例年メジャーなアニメを借用していましたが、著作権管理が厳しくなって処理が大変になったため、今年はマイナーな動画を探したそうです。
今やかなりメジャーになってしまいましたが、「やわらか戦車」のような個人が制作したものなら許可が得られやすいのでは、というので次女が探したのが、「アガリスクエンターテイメント」という企業の動画です。

http://www.agarisk.com/product/

「そのとき歴史がウゴイタ?」

http://www.agarisk.com/product/history/

アニメ自体はそれほど動きのない簡単な動画ですが、歴史をネタにしたコント風の脚本が面白くできています。
これをそのままお借りして、声だけ部員達が吹き替えたのですから、面白いのも当然で、結構受けてました。

アフレコ部に対しての積極的活動には、まったく感心します。
ネットで面白いと思って、文化祭で使用できないか問い合わせたら、快く了承してくれただけでなく、台本まで貸してくださったそうです。
しかも、実際に会って制作の話なども聞かせてもらって、感動して帰ってきました。いつもなら、自分で聞き書きして台本を起こすところを、今年はかなり手間も省け、練習もできたようです。

次女の学校は、文化祭や運動会のような行事をすべて生徒の自主性に任せ、運営・管理などの実質的な勉強をさせてくれます。
著作権処理などにも厳しく、自分たちで処理できないものは使わないように、ということなので、生徒自身が何を取り上げて、どう処理していくかを考え、実行します。
少し前までは著作権についての認識が甘い先生が多く、授業で使うなら構わないだろうと平気でコピーしたり生徒に見せたりするケースが多々ありましたし、現在もあるでしょうが、かなり意識が高まってきたようで、制作会社としても喜ばしい状況です。

アフレコ部の発表の難点は、映像と音声が別々で、数編の動画もバラバラの状態で、いちいち動画をパソコンで立ち上げ、音を合わせるという作業をするため、時々音と絵が合わなかったりしたところ。
どうせなら、身内に映像の専門家がいるんだから、ソフト借りて使い方習って、映像と音声を合わせて、それぞれの話をつなげれば良いのに、と気になりました。
まあ、映像業界に入ることは、生活の保障ができないので勧めませんが。

文化祭が終わったら、実質的に部活動は卒業のはずなので、それまでの精力を勉強に傾けることができたら相当なものです。が、実際には無理でしょうね。
成績がどん底で、家でも学校でも部活動の掛け持ちはやめるように何度も言われ、本人もやめますと、その場しのぎで言ってたにもかかわらず、とうとう最後まで兼部を続けてきました。
それだけいろんな人間関係を築いたり、興味を広げたり、幅広い勉強にはなってきたんだろうな、とも思います。
ただ、今のように好きなことを思い切り続けるには、嫌いな勉強にも開眼しないと無理だということを、いい加減気づいてほしいものです。

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